2017年9月7日木曜日

詩篇第85編「主の平和の宣言を信じよう」


この詩編を読むと少し困惑する。5〜8節が他と少し調子が違うからだ。この作者は今どのような状況にあるのか。「あなたはとこしえにわたしたちを怒り、その怒りを代々に及ぼされるのですか。(6)」しかし、他の部分では救いを確信し、あるいはそれをすでに目撃している言葉になっている。なぜか。恐らく、この祈りをしている今はまだ苦しみ、神の怒りを見ている。しかし、その苦しみの中で既に救いを確信しているのだ。それが信仰なのだ。

2026年10月15日の聖句

主は、ご自分に希望を置く者に ご自分を探し求める魂に恵み深い。(哀歌3:25) 見よ、私は戸口に立って扉を叩いている。もし誰かが、私の声を聞いて扉を開くならば、私は中に入って、その人と共に食事をし、彼もまた私と共に食事をするであろう。(黙示録3:20) 今日の新約...