2017年11月16日木曜日

詩編第95編「今日こそ」


「今日こそ、主の声に聞き師が側なければならない。」今日こそ、というのは、これまでの自分たちの歴史をふり返っているから。それは心を頑なにしてきた歴史であり、主を試みてきてきた日々であった。しかし、主は「わたしたちを造られた方」であり、私たちは「主に養われる群れ」だ。それは当たり前の事実ではない。「今日こそ」と日ごとに自分に言い聞かせながら主に仕えよう。ルターが言った「日ごとの悔い改め」はそのことではないか。

2026年4月29日の聖句

あなたの口を、ものを言えない人のために 捨てられた人の訴えのために開きなさい。(箴言31:8) しかし、大勢の人がいて、御許に連れて行くことができなかったので、イエスのおられる辺りの屋根を屋根を剥がして穴を開け、病人が寝ている床をつり降ろした。(マルコ2:4) 高...