2017年11月16日木曜日

詩編第95編「今日こそ」


「今日こそ、主の声に聞き師が側なければならない。」今日こそ、というのは、これまでの自分たちの歴史をふり返っているから。それは心を頑なにしてきた歴史であり、主を試みてきてきた日々であった。しかし、主は「わたしたちを造られた方」であり、私たちは「主に養われる群れ」だ。それは当たり前の事実ではない。「今日こそ」と日ごとに自分に言い聞かせながら主に仕えよう。ルターが言った「日ごとの悔い改め」はそのことではないか。

2026年9月29日の聖句

神の名が代々とこしえにたたえられますように。 知恵と力は神のもの。(ダニエル2:20) アーメン。賛美、栄光、知恵 感謝、誉れ、力、権威が 世々限りなく私たちの神にありますように。(黙示録7:12) 人生の主な目的は神を礼拝すること。改革者カルヴァンはその...