2017年12月14日木曜日

詩編第99編「主は聖なる方」


「主は聖なる方。」三度、そう繰り返す。聖なる方は大いなる、恐るべき方。我らの王。礼拝されるべきお方だ。改革者カルヴァンは、我らは神を礼拝するために生きていると言った。礼拝とは、主を聖なる方らしくあがめることだ。聖なる方が私たちの間に住まわれたのがクリスマスの出来事である。聖なる方は飼い葉桶におられるのだ。私たちはこの方をあがめる。この世で無価値と捨てられた方の前に膝をかがめる。そのことを肝に銘じたい。

2026年10月3日の聖句

この民は口で近づき 唇で私を敬うが その心は私から遠く離れている。(イザヤ29:13) (イエスの言葉)口に入るものは人を汚さず、口から出てくるものが人を汚すのである。(マタイ15:11) 口にすべきではないことを口にしてしまったとき、「思ってもみなかったこと...