2016年6月8日水曜日

詩編第22篇1から22節「嘆きの言葉を神は与えてくださる」

これほど深い絶望の言葉があるのか。神に見捨てられた。しかも「わたしの神」と呼ぶ方に。昨日までは親しい思いを抱いていたのか。今なお愛を込めて呼ぼうとしているのか。神は応えてくださらない。「主に頼んで救ってもらうがよい」などと誰に言われずとも自分が一番願っている。しかし、助けは来ない。「主よ、あなただけは遠く離れないでください」とただ祈る。我らの嘆きがこのように深く言語化されていることは既に恵みの事実である。

2026年8月3日の聖句

主こそ神と知れ。(詩編100:3) (使徒ときょうだいたちは)「それでは、神は異邦人をも悔い改めさせ、命を与えてくださったのだ」と言って、神を崇めた。(使徒11:18) 最初のキリスト者たちにとって、ユダヤ人ではない異邦人が神を信じるというのは、私たちには想像できない...