2018年1月18日木曜日

詩編第104編「主をたたえる者が知っていること」


この詩編の興味深いのは、天の神の栄光をまず「光を衣として身を被っておられる」と表現し、その後、「家畜のためには牧草を茂らせ、地から糧を引き出そうと働く人間のために、さまざまな草木を生えさせられる」などとも言っていることだ。天の神の栄光というと自分からは遠いと感じてしまう。しかし、それは私たちが命を長らえるための神のご配慮を別のものではない。何と深い神の慈しみであろう。我らは神の栄光に生かされているのだ。

2026年4月12日の聖句

私の時は御手の中にあります。(詩編31:16) そこで、知恵のない者ではなく、知恵のある者として、どのように歩んでいるか、よく注意しなさい。(エフェソ5:15) 「知恵」とエフェソの信徒への手紙は言います。知恵のある者として、自分がどのように歩んでいるのかをよく注意し...