2019年1月31日木曜日

詩編第137編「涙を忘れてはいないか?」


「バビロンの流れのほとりに座り、シオンを思って、わたしたちは泣いた。」深い悲しみをたたえた哀歌だ。今は屈辱的な日々を過ごしている。神を信じる者が、その信仰のために侮辱されている。フト思う。私は、この悲しみや悔しさを忘れてしまっているのではないか。「エルサレムよ、もしも、わたしがあなたを忘れるなら、わたしの右手は萎えるがよい」と言うが、これはそこで献げた礼拝を忘れないということだろう。涙を忘れてはいないだろうか?

2026年7月29日の聖句

昼も夜も、わたしは涙を食物とする。 人は日夜私に言う 「あなたの神はどこにいるのか」と。(詩編42:4) (パウロの言葉)私が投獄されているのはキリストのためであると、兵営全体と、その他のすべての人に知れ渡り、主にあるきょうだいたちのうち多くの者が、私が投獄された...