2019年1月31日木曜日

詩編第137編「涙を忘れてはいないか?」


「バビロンの流れのほとりに座り、シオンを思って、わたしたちは泣いた。」深い悲しみをたたえた哀歌だ。今は屈辱的な日々を過ごしている。神を信じる者が、その信仰のために侮辱されている。フト思う。私は、この悲しみや悔しさを忘れてしまっているのではないか。「エルサレムよ、もしも、わたしがあなたを忘れるなら、わたしの右手は萎えるがよい」と言うが、これはそこで献げた礼拝を忘れないということだろう。涙を忘れてはいないだろうか?

2025年4月3日の聖句

わたしの民は二つの悪を行った。いのちの水の泉であるわたしを捨て、多くの水溜を自分たちのために掘ったのだ。水を溜めることのできない、壊れた水溜を。(エレミヤ2:13) (イエスの言葉)私が与える水を飲む者は決して渇かない。私が与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水が湧き出...