今日の通読箇所:ルカによる福音書5:1~16、申命記31、詩編119:17~32
申命記31;
いよいよ、モーセの最後の説教に入ってきているようです。これからヨルダン川を渡っていこうとするイスラエルの人々への言葉です。「私は、あなたが逆らう者であり、かたくなな者であることを知っている。私がまだ生きている今日でさえ、あなたがたは主に背いている。私が死んだ後はなおさらそうである(27節)」。最後の言葉としては、大変厳しい言葉です。
しかし、モーセはただ厳しい裁きを告げるだけではなく、それならばどうしたらいいのか、ということについても語っています。「七年の終わりごとに、すなわち負債免除の年と定められた年の仮庵祭に、イスラエルのすべての人々が、あなたの神、主の前に出るために、主の選ぶ場所来るとき、あなたはイスラエルのすべての人々の前でこの律法を読み聞かせなければならない(10~11節)」。民の弱さや罪深さをよく知っていたモーセは、だからこの律法の書を語り、それに聞き続けなければならないと言います。
今、毎日の第三の通読箇所は詩編第119編です。この詩編はとても長いことで有名ですが、すばらしい御言葉賛歌の詩編でもあります。「私の魂は塵の中に伏しています。あなたの言葉どおりに私を生かしてください(詩編119:25)」と言うとおり、神様の御言葉によって命与えられることを喜び、賛美しています。神様の御言葉こそ、私たちの魂を生かしてくださいます。私たちが罪を犯す日に、私たちを主イエス様の御許に立ち返らせるのも、神様の御言葉に他ならない。私たちが、今日もこのようにして御言葉に聞いていることは、神様の御前にあって尊いことであると信じています。主イエス様の御恵みが、今日もお一人おひとりにありますように。
2026年3月23日の聖句
私、私が主である。 私のほかに救う者はいない。(イザヤ43:11) (イエスの言葉)私と父とは一つである。(ヨハネ10:30) 今日私たちに与えられている聖書の御言葉は、神さまの深い御決意の表明であると思います。「私、私が主である。私のほかに救う者はいない。」ただおひとりの救い主...
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1. ヨハネによる福音書は最後の晩餐の場面をとても長く書いている。全部で21章の福音書の内の5章、4分の一に近い。しかも、いわゆる受難週の記事の殆どがこの晩餐の場面だ。その最後の晩餐を覚える祈祷会をこの木曜日に献げている。キリストがしてくださったように私たちもするのだ。主が...
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主よ、私の祈りをお聞きください。私の叫びに耳を傾けてください。私の涙に黙していないでください。(詩編39:13) (一人の罪深い女が)イエスの背後に立ち、イエスの足元で泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛で拭い、その足に接吻して香油を塗った。イエスは女に言われた。「あな...