今日の通読箇所:マタイによる福音書25:1~30、歴代誌上25~26、箴言19
歴代誌上25~26;
やがて建築す神殿で仕えるレビ人達の役割として、次に、賛美のための働き手が任命されました。「ダビデと将軍たちはアサフ、ヘマン、エドトンの子らを奉仕者のために選び分けた。彼らは琴、竪琴、シンバルを奏でて預言するものとなった(25:1)」。楽器を奏でて神を賛美する者たち。彼らは、楽器によって預言をする者でもあった、と言います。この「預言」が何を意味するのか、必ずしもよく分かりません。日曜日に読んでいるコリントの信徒への手紙の時代の「預言」とも、少し違うのかもしれません。しかし、やはり神殿での礼拝と結びついていたようですから、礼拝で語られる言葉という意味では、本質的にはあまり変わらないのかもしれない。おもしろいのは、賛美のための働き手たちが、楽器によって預言をした、という報告です。
旧約聖書に収められている詩編は、歴史の信仰者たちの祈り、いわば祈祷集です。日本の昔の和歌集が花鳥風月を歌い上げたものであることに比べると、その特徴ははっきりとしています。神殿で仕えるレビ人たちも、その賛美の時に、今では詩編に収められている賛美の歌、祈りの言葉を、楽器を奏でながら歌ったのではないでしょうか。
そして、そういう祈りの言葉が、「預言」と結びついていた。祈りは、同時に預言でもあった、ということかもしれません。確かに詩編を読むと、質したからの祈りであるだけではなく、同時に神様からのメッセージでもあります。預言とは私たちを神の前にひれ伏させ、礼拝へと導く言葉です。そうすると、詩編は預言そのものだと言って少しも差し支えないのではないでしょうか。
私たちも、神様の前での賛美に召されて、日曜日の礼拝に向かいます。私たちも神を賛美する詠唱者、礼拝に仕える民なのです。
2026年1月14日の聖句
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