今日の通読箇所:コリントの信徒への手紙一3、歴代誌下15~16、箴言29
歴代誌下15~16;
ユダの王アサは神に従い、正しいことを行う人でした。預言者アザルヤはアサ王のところに来て言います。「長い間、イスラエルにはまことの神もなく、教える祭司もなく、律法もなかった。しかし彼らは、苦悩の中でイスラエルの神、主に立ち帰り、主を求めたので、主は彼らに現れてくださった(15:3~4)」。アサは、この言葉を聞いて勇気を奮い起こしました。そして「ユダとベニヤミンの全土から、またエフライムの山地で攻め取った町から、憎むべきものを追放し、主の廊の前にある祭壇を新しくした(8節)」。
しかし、アサ王にある時このようなことが起こりました。北王国イスラエルがユダに攻めてきたのです。その時、王は主の神殿と王宮の宝物庫から取り出した金や銀をアラムの王に贈り、ユダとアラムの軍事同盟のゆえにイスラエルとの同盟を破棄してほしいと頼みます。アラムとの情勢が悪化すればイスラエルが退却すると計算したのです。アラムの王はそれに応じ、イスラエルはアサの思惑どおりに退却していきました。
ところが、ハナニという人がアサ王の所に来て言います。「あなたはアラムの王を頼りとし、あなたの神、主を頼りとしなかった。・・・主の目は全地を行き巡り、心が主と一つである者たちに御力を示す。このことについて、あなたは愚かなことをした。今後、あなたには戦争が続く(16:7,9)」。私たちも、耳にするとグサリと刺さる言葉です。私たちは何を頼りにしているのでしょうか。アサ王は、神様を信じていなかったわけではありません。だから、ハナニに怒りました。しかし、信じていることと実際に生きていることとが乖離してしまったのでしょう。実際に主を頼りとして生きることが、できなかったのです。
そう考えると、自分はアサだと思います。さらにこの後、彼は足の病にかかりました。「その病の中でも、彼は主を求めず、医者を求めた(12節)」。もちろん、医者に行くのが不信仰ということではありません。病気になったらちゃんと病院に行ってください!ただ、私たちの命を本当に一番そこから支えているのは、神様です。そのことは決して忘れてはならない。このひとりの王は、私たちにそのことを問いかけています。
2026年1月31日の聖句
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