2019年8月4日日曜日

2019年8月4日(歴代誌下17〜18)

今日の通読箇所:コリントの信徒への手紙一4、歴代誌下17~18、箴言30

歴代誌下17~18;
ユダ国は新しい王ヨシャファトの治世にありました。「主は彼の手によって王国を揺るぎないものとし、ユダのすべての人々はヨシャファトに貢ぎ物を納めた。彼は大いに富と栄誉に恵まれた。ヨシャファトの心は主の道に励み、ユダから高き所とアシェラ像を取り除いた(17:5,6)」。しかし、彼を唆す誘惑もありました。「ヨシャファトは富と栄誉に恵まれたが、アハブと姻戚関係を結んだ(18:1)」。アハブは、妻イゼベルと共に預言者エリヤと対決をしたあのイスラエルの王です。ヨシャファトの息子の妻がアハブの娘だったのです。
「ヨシャファトは富と栄誉に恵まれたが」と受動形の表現になっていますが、もちろん、それを恵んだのは神様だという意味でしょう。ところがヨシャファトは目に見える安全策と判断して、アハブと姻戚関係を結ぶ政策に出ました。このことはヨシャファトによっては神様から引き離す誘惑になりました。
「数年の後、彼(ヨシャファト)がサマリアのアハブのもとに下ると、アハブは彼とその民のために多くの羊と牛を屠り、ラモト・ギルアドに攻め上ろうと彼を唆した(2節)」。まさに、ヨシャファトにとっては「唆し」だったのだと思います。ヨシャファトとユダ国が主の道に励むために全く必要のない戦争だったのですから。
結局、アハブとヨシャファトの戦争は失敗に終わり、アハブはこの戦で命を落とします。預言者ミカヤが語る主の言葉が、そこで力を持ちました。ミカヤは他の預言者たちがアハブへの忖度から王に耳心地良い言葉に終始したのを尻目に、空気を読まずに真実を語りきりました。アハブのヨシャファトへの甘言は唆しでしたが、ミカヤのアハブへの厳しい言葉は、まさに「預言」というべき神のメッセージでした。私たちは神様の支配に自分を従わせる預言の言葉に聞くのか、自分を守るための計算を応援してくれるだけの唆しの言葉に聞くのか。どちらの道を歩むのか、主の前に問われているのではないでしょうか。

2025年8月30日の聖句

主よ、あなたは私を回復させ、生かし続けてくださいました。(イザヤ38:16) 時に、プブリウスの父親が熱病と下痢で床に就いていたので、パウロはその人のところに行って祈り、手を置いて癒やした。(使徒28:8) 熱病や下痢を初めとして、あらゆる病に苦しむ仲間のために私たちは祈ります。...