2023年7月17日月曜日

2023年7月17日の聖句

私が、戒めの多くをさらに加えて書けば、彼らは関わりのない教えのようにやり過ごす。(ホセア8:12)
(イエスの言葉)そこで私のこれらの言葉を聞いて行う者は皆岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。(マタイ7:24)

主イエス・キリストの言葉を聞き、それを行うものは「賢い人」と主イエスはおっしゃいます。しかしそれは岩の上に自分の家を建てるようなもの。即ち、簡単ではないということではないでしょうか。砂の上に家を建てるならば簡単です。地面を掘るのも簡単ですし、土台を据えてそれらしく造り上げるのは楽な作業でしょう。しかし、岩をうがち、しっかりとした土台を築き上げるのは簡単なことではありません。主イエスの御言葉を聞き、それを行うのは、岩の上に家を建てるようなもの。私たちにとってそれは決して簡単ではないし、苦労することです。主イエスはそのことをよく知っておられる。
そういう私たちの気持ちを、今日の旧約では「やり過ごす」と表現しています。絶妙な言い方だと思います。神様が何をおっしゃっても、主イエスがなんとおっしゃっていても、なんとなくやり過ごしてしまう。向き合おうとしない、真剣に聞こうとしない。そういう気持ちがありありと暴かれてしまう言葉です。
ナチに抵抗して生きた牧師ボンヘッファーは、このことを安価な恵みと高価な恵みという言葉で言い表しました。安価な恵み、それは「見切り品としての恵みのことであり、投げ売りされた赦し・慰め・聖礼典のことである」と言います。そして「安価な恵みとは罪の義認のことであって、罪人の義認のことではない。しかも、恵みがすべてのことをひとりですなすために、すべてのものが依然として旧態にとどまることができる」と厳しく指摘します。それに対して高価な恵みは「服従へと招くがゆえに高価であり、イエス・キリストに対する服従へと招くがゆえに恵みである。それは、人間の生命をかける値打ちがするゆえに高価であり、またそうすることによって人間にとって初めて贈り物として与えるがゆえに恵みである。それは、罪を罰するがゆえに高価であり、罪人を義とするがゆえに恵みである。」
私たちはキリストに従う恵みに招かれています。神の愛を決まり文句のように聞き、自分は変わろうとしないならば、恵みを安っぽいものにしてしまっている。値高く、キリストご自身の命の価値を神の恵みに見るならば、私たちはその愛に応えてこの方に服従しないわけにはいかない。そしてそれは恵みである以上、喜びへの招きに他ならないのです。

2026年3月20日の聖句

見てください、私の苦しみと労苦を。 取り除いてください、私の罪のすべてを。(詩編25:18) 私はなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、誰が私を救ってくれるでしょうか。私たちの主イエス・キリストを通して神に感謝します。(ローマ7:24~25) 今日の二つの御言葉...