2024年2月14日水曜日

2024年2月14日の聖句

私は何者なのでしょう。そして私の民がいかほどのものなのでしょう。これほど多くのものを進んで差し出すことができるとは。すべてはあなたから与えられたものであり、私たちはあなたの見てから受けたものをあなたにお献げしたにすぎません。(歴代誌上29:14)
ただで受けたのだから、ただで与えなさい。(マタイ10:8)

今日は教会の伝統的な暦では「灰の水曜日」と呼ばれる日です。今日から受難節が始まります。受難節は主イエス・キリストが苦しみを受け、十字架へと向かい、そして実際に十字架にかけられたことを覚える時。そして、来るイースター、復活の主日に向けて祈りつつ備える時。そのように代々の教会で覚えられてきました。
受難節はイースター前の六回の日曜日を除く40日間と決められています。今年は3月31日がイースターなので、今日、2月14日が灰の水曜日。「灰」というのは悔い改めを象徴します。伝統的な慣習を守る教会では灰の水曜日に特別な祈りの集いをして、額に灰を塗るそうです。神様の御前に、主イエスさまを十字架にかけた私たちの罪を悔い改める祈りを献げるのです。
今日の御言葉でこのようにありました。「私は何者なのでしょう。そして私の民がいかほどのものなのでしょう。」これが私たちの祈りです。これはダビデが献げた祈りの言葉です。ダビデは、これから息子が王となって神殿を建築して神に献げるための準備をしました。そのために建材をそろえ、必要な資金を献金した。しかし彼はそのことでもって自分の成果を誇ったり、たくさんの献金をしたと言って傲慢にふるまうこともなく、「私は何者なのでしょう」と祈ったのです。
罪の悔い改めに生きる者の祈りがここにあります。私たちも神さまの御前に同じように祈ります。この私のような存在など、神様の御前に一体何ほどの者でしょう。ただ神の恵みによって、神の憐れみによって生かされているにすぎない。小さく、それ以上に罪深く、神さまに顔を上げて祈ることもできない私。そのような者をなお愛し、御心に留め、命を与えてくださっている。今日から始まる受難節は、キリストを十字架にかけてまで私たちを愛し抜いてくださった方の憐れみを深く心に刻む、祈りの日々なのです。

2024年5月9日の聖句

主は彼らに喜びを与えられた。(エズラ6:22) いつも喜んでいなさい。(1テサロニケ5:16) 復活の主日から40日目の今日は、主の昇天を祝う日として覚えられています。主イエス・キリストは、弟子たちの見ている前で天に昇って行かれたと聖書に書かれています。キリストは天に昇り、神の右...