2024年4月24日水曜日

2024年4月24日の聖句

恐れるな、もはや恥を受けることはないから。(イザヤ54:4)
天使は女たちに言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。」(マタイ28:5~6)

「あの方は、ここにはおられない。」最初のイースターの朝、天使は女たちにそのように告げました。「あの方は、ここにはおられない。」そうです。この世界に、主イエスがおられない場所があるのです。「あの方は、ここにはおられない。」主イエスがおられない場所、それは、十字架にかけられて葬られた墓の中です。キリストはもはや墓の中にはおられない。復活なさったからです。
キリストは復活なさった。もはや、主イエス・キリストは死人の中にはおられない。キリストは今生きておられる。死者の中にキリストを捜しても、そこにはおられません。
しかし、私たちはそれと同時に、キリストはどこにでもいてくださると信じています。十字架の上で、キリストは「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」と叫ばれました。キリストは神に棄てられた。陰府に降って行かれた。この世界にキリストのおられない場所、キリストの手の届かない場所はどこにもない。
しかしそのお方はいつまでも陰府の底に沈んでおられるのではない。今や復活し、生きておられる。陰府に降った方は死者の中から神によって引き上げられて、生きておられる。だから、私たちがやがて陰府の底で死者のひとりとして身を横たえるとき、その陰府は復活の命への通路に他ならない。キリストが通してくださった道です。私たちはもはや死に支配されていない。だから、聖書は「恐れるな」と言います。キリストの命の道が、今日私たちの進む道だからです。

2025年8月30日の聖句

主よ、あなたは私を回復させ、生かし続けてくださいました。(イザヤ38:16) 時に、プブリウスの父親が熱病と下痢で床に就いていたので、パウロはその人のところに行って祈り、手を置いて癒やした。(使徒28:8) 熱病や下痢を初めとして、あらゆる病に苦しむ仲間のために私たちは祈ります。...