2024年9月23日月曜日

2024年9月23日の聖句

主は救いを知らせ、正義を国々の目の前に現された。(詩編98:2)
義に飢え渇く人々は、幸いである。
その人たちは満たされる。(マタイ5:6)

正義は主のもとから来る。それが聖書の確信です。私たちは、本音のところでは自分から正義が生まれると考えています。自分の正義に凝り固まって、自分の見ているものが正しいと思い込みます。しかしそんなものは本当は正義でも何でもないと私たちは経験的には知っています。しかし、それでもやっぱり自分の小さな正義に拘泥してしまう。
「義に飢え渇く人々は、幸いである」と主イエス・キリストはおっしゃいます。そうです。私たちは義に飢え渇いています。私たちが本当に渇き、本当に私たちになくてはならないのは、神の義です。神ご自身がお定めになった義です。あるいは、言葉を換えれば、神との義と呼ぶにふさわしい関係です。神の義を欠いていることこそが、私たちの渇きの本当の原因なのです。
だから、主イエス・キリストはおっしゃいます。「義に飢え渇く人々は、幸いである。その人たちは満たされる。」神が満たしてくださいます。神にしか満たすことがおできにならないのです。「主は救いを知らせ、正義を国々の目の前に現された。」主が告げ知らせ、見せてくださる正義。そこに救いがある。
今も昔も、私たち人間がすることは変わりません。自分の小さな正義のためにあちこちで争いが生まれています。戦争のような大きな争いも、私たちのごく身近な人間関係でのいさかいも。根は同じです。神の義を欠く私たちの罪が生み出す混乱です。これを癒やし、満たし、救ってくださる神の義を求めて、祈りの道を上っていきましょう。

2024年10月19日の聖句

神よ、私が老いて白髪になってもどうか捨て去らないでください。 あなたの腕の業を、力強い業を来たるべきあらゆる代に語り伝えるその時まで。(詩編71:18) アンナという女預言者がいた。彼女はやもめになり、八十四歳になっていた。そして神殿を離れず、夜も昼も断食と祈りをもって神に仕えて...