2025年9月9日火曜日

2025年9月9日の聖句

主はあなたがたをご自分の民とされることを喜びとされた。(サムエル上12:22)
(使徒たちは神をあがめて)「神は異邦人をも悔い改めさせ、命を与えてくださったのだ」と言った。(使徒11:18)

使徒たちは全員ユダヤ人ですので、異邦人が主なる神さまを信じたことが本当に大きな驚きでした。ユダヤ人たちは、自分たちがアブラハムの子であることを誇りとしていました。神に選ばれ、神のものとされた民であるユダヤ人の一員。まことの神を信じうるのはアブラハムの子である自分たちユダヤ人だけだ、と考えていました。
私たちはよく「キリスト教はヨーロッパの宗教だ」と言います。半分当たっていて、半分はずれていると思います。そもそも主なる神を信じていたのはユダヤ人ですから、ヨーロッパではなく西アジアです。しかし半分当たっているのは、主なる神を信じる信仰は、もともと私たちのものではない、ということです。私たちの地盤とは異なる信仰です。そのことは当たっています。私たちは、主なる神さまを信じる者としては異邦人、よそ者です。
しかしもっとよく考えてみると、ユダヤ人にとってもそれは同じです。神は、アブラハムと出会ったお方です。アブラハムが生み出した宗教ではないし、モーセが開祖でもない。アブラハムにとっても他者であるお方、モーセも知らなかったお方が、彼らと出会ってくださった。主なる神さまは誰にとっても異質なお方です。
そのお方が私たちと出会い、私たちの神となってくださいました。「主はあなたがたをご自分の民とされることを喜びとされた。」ユダヤ人も異邦人も関わりなく、主が私たちの神となってくださり、私たちをご自分の民としてくださいました。私たちが例え誰であろうと、私たちは主のものです。主の民です。主が喜んで私たちを受け入れてくださったのです。

2026年6月3日の聖句

主は見えない人の目を開く。(詩編146:8) それで、(イエスは)こうお答えになった。「行って、見聞きしたことをヨハネに伝えなさい。目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、規定の病を患っている人は清められ、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ...