2026年1月4日日曜日

2026年1月4日の聖句

今週の聖句:
私たちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって恵みと真理とに満ちていた。(ヨハネ1:14)

今日の聖句:
私は耐え忍んで主を待ち望んだ。
主は耳を傾けて、私の叫びを聞かれた。(詩編40:2)
病人は答えた。「主よ、水が動くとき、私を池の中に入れてくれる人がいません。私が行く間に、ほかの人が先に降りてしまうのです。」イエスは言われた。「起きて、床を担いで歩きなさい。」(ヨハネ5:7~8)

エルサレムにベトザタと呼ばれる池がありました。この池には伝説があり、時々天使がやって来て水面を揺らす、というのです。その時真っ先に水に入った人はその病が癒やされる、と伝えられていたようです。そこに38年間も病気で苦しんでいる人がいました。主イエスは彼を見て「良くなりたいか」とお尋ねになった。すると彼は答えます。「主よ、水が動くとき、私を池の中に入れてくれる人がいません。私が行く間に、ほかの人が先に降りてしまうのです。」
「ベトザタ」は「慈しみの家」という意味なのだそうです。しかしここには一切の慈しみなどない、苛烈な競争社会です。いちばんの人だけが癒やされる。競争社会で38年間負け続けたこの人は既に疲れ切っていて、気力も失われていました。そんな思いがにじみ出ている言葉だと思います。
ところが主イエスは「起きて、床を担いで歩きなさい」とおっしゃいました。主イエスは彼に諦めるように説得したのでも、もっと頑張れと励ましたのでもありません。神の言葉を聞かせ、御言葉が生み出す新しい出来事に巻き込んだのです。私たちも同じキリストの言葉を今日聞いています。
「私は耐え忍んで主を待ち望んだ。主は耳を傾けて、私の叫びを聞かれた。」私たちには、忍耐が必要なときが必ず訪れます。どうしても出口の見えない苦しみがあります。しかし主は必ずご自分を呼び求める私たちの声に耳を傾けてくださいます。そして、キリストの言葉によって私たちを新しくしてくださる。御言葉の出来事によって私たちを立たせてくださる。「起きて、床を担いで歩きなさい。」これは、私たちへの御言葉です。

2026年1月5日の聖句

主こそ、その民の力。(詩編28:8) 私たちの主イエス・キリストご自身と、私たちを愛して、永遠の慰めと確かな希望とを恵みによって与えてくださった、私たちの父なる神とが、あなたがたの心を励まし、また強め、いつも善い行いをし、善い言葉を語る者としてくださいますように。(2テサロニケ2...