2016年2月24日水曜日

詩編第7篇「正しい主に感謝を献げるためには」

何度も繰り返して「主よ」と呼ばわる。繰り返して神を求める。自分に不正があり、仲間に不正を被らせ、敵をいたずらに見逃したと中傷されていたのだ。濡れ衣だと知っているのはただ神だけ。だから主を呼び求める。主が正しいことをしてくださるよう祈る。主が不正な者に報いてくださいと祈るのである。私たちはこの祈りの激しさに学ぶべきである。同じように祈ればいい。そういう心を打ち明けて初めて正しい主への感謝が生まれる。

2026年9月22日の聖句

こうして民は、自分たちが自ら選んで献げた物を喜んだ。(歴代誌上29:9) キプロス島生まれのヨセフは、持っていた畑を売り、その代金を持って来て、使徒たちの足元に置いた。(使徒4:37) 今日は献金の話です。 カンバーランド長老教会の信仰告白にはこのような言葉があり...