2016年2月24日水曜日

詩編第7篇「正しい主に感謝を献げるためには」

何度も繰り返して「主よ」と呼ばわる。繰り返して神を求める。自分に不正があり、仲間に不正を被らせ、敵をいたずらに見逃したと中傷されていたのだ。濡れ衣だと知っているのはただ神だけ。だから主を呼び求める。主が正しいことをしてくださるよう祈る。主が不正な者に報いてくださいと祈るのである。私たちはこの祈りの激しさに学ぶべきである。同じように祈ればいい。そういう心を打ち明けて初めて正しい主への感謝が生まれる。

2026年2月25日の聖句

わたし、主は、義をもってあなたを召し、あなたの手を握る。(イザヤ42:6) すると、雲の中から、「これは私の愛する子、私の心に適う者。これに聞け」と言う声がした。(マタイ17:5) 今日の旧約の御言葉には「義をもってあなたを召し」と書いてあります。この「義をもって」というのは、ど...