2016年2月24日水曜日

詩編第7篇「正しい主に感謝を献げるためには」

何度も繰り返して「主よ」と呼ばわる。繰り返して神を求める。自分に不正があり、仲間に不正を被らせ、敵をいたずらに見逃したと中傷されていたのだ。濡れ衣だと知っているのはただ神だけ。だから主を呼び求める。主が正しいことをしてくださるよう祈る。主が不正な者に報いてくださいと祈るのである。私たちはこの祈りの激しさに学ぶべきである。同じように祈ればいい。そういう心を打ち明けて初めて正しい主への感謝が生まれる。

2026年8月24日の聖句

(神の言葉)これから私が新しいことを聞かせよう あなたの知らない秘められたことを。(イザヤ48:6) (アテネの人々は)死者の復活ということを聞くと、ある者は嘲笑い、ある者は、「それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう」と言った。(使徒17:32) パ...