2016年7月21日木曜日

詩編第27篇「礼拝しつつ朝を迎えたい」

私の最愛の詩編の一つだ。恐らく、厳しい困難の中にある祈りの言葉だったのではないだろうか。父母に見捨てられるほどの悲しみを味わっていたのだ(10)。神が光となって照らしてくださり、災いの日に救ってくださることを信じる。保証はない。ただ、信じるだけ(13)。「ひとつのことを主に願い、それだけを求めよう。命のある限り、主の家に宿り、主を仰ぎ望んで喜びを得、その宮で朝を迎えることを。」ただこれだけを願う。ひたすらに。

2026年1月17日の聖句

主はあなたにとって確かな方。(詩編91:9) (バルティマイは)ナザレのイエスだと聞くと、「ダビデの子イエスよ、私を憐れんでください」と叫び始めた。(マルコ10:47) 「主われを愛す」というすてきな讃美歌がありますが、この中で「主は強ければ、われ弱くとも、恐れはあらじ」と歌いま...