2016年11月10日木曜日

詩編第42編「渇望」

神を渇望する渇いた魂。神の御前に出たい、いつ御顔を仰げるのか、昼も夜も涙を流している。絶え間なく言われているのだ、「お前の神はどこにいる」と。イメージ豊かな詩編だ。しかし、そのイメージが絶望の深さを色濃く映し出す。私も神を求める。昼も夜も。しかし、呻きつつここまで激しく求めているのだろうか。この詩編の渇望を最も深くご存知だったのは主イエスである。十字架の上で主は言われた。「渇く。」主の渇きが私をいやす。

2026年3月22日の聖句

今週の聖句: 人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来た。(マタイ20:28) 今日の聖句: 隣人について偽りの証言をしてはならない。(出エジプト記20:16) あなたがたが、すべて偽りは真理から生じないことを知っているから...