「どうか我らを助け、敵からお救いください。人間の与える救いは空しいものです。」神こそ私を救ってくださるお方。それが私たちの信仰だ。人間の与える救いに私たちは生きない。しかし、世の誘惑は多い。何に心を傾けて生きるのか、識別を必要とする。「神よ、私の心は確かです」と告白する詩編作者は神賛美に心を向ける。天に心を向ける。敵がいる。脅威である。それでも誘惑を却け、主の救いの宣言に耳を傾ける。主の救いを待ち望む。
2024年9月19日の聖句
(主よ、)あなたの僕を裁きにかけないでください。生ける者の中であなたの前に正しい者はいないからです。(詩編143:2) イエスは女に、「あなたの罪は赦された。あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と言われた。(ルカ7:48,50) 主イエスさまが私たちを赦してくださる...
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ペトロが主イエスに尋ねます。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」主イエスは言われます。「七回どころか、七の七十倍までも赦しなさい。」ペトロが主イエスに尋ねた問題は、人間関係の一番難しいことのひとつです。誰かが何かしら悪いことをし...
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これほど深い絶望の言葉があるのか。神に見捨てられた。しかも「わたしの神」と呼ぶ方に。昨日までは親しい思いを抱いていたのか。今なお愛を込めて呼ぼうとしているのか。神は応えてくださらない。「主に頼んで救ってもらうがよい」などと誰に言われずとも自分が一番願っている。しかし、助けは来な...
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さがみ野教会の皆さま おはようございます。 気持ちのいい、爽やかな秋空の朝を迎えました。お変わりなくお過ごしでしょうか。 明日14日の日曜日の礼拝は成長感謝礼拝(子ども祝福式)です。 讃美歌や説教などが子ども向けのものとなり、大人と子どもとが共に神さまを礼拝し、子どもたちへの祝福...