2018年6月7日木曜日

詩編第119編41から48節「慈しみと救い」

「主よ、あなたの慈しみと救いが、仰せのとおり、わたしを訪れますように。」わたしが、神の慈しみと救いを獲得すべきどこかに行かなければならないのではない。慈しみと救いの方が、わたしのところへ来てくれる。神の慈しみ、神の救い。それは、キリストに他ならない。私たちのところへ来てくださった神の慈しみそのものであり、救いそのもの。神は、私たちの祈りに、祈り以上の答えをもって答えてくださったのだ。神は誉むべきかな。

2026年2月11日の聖句

エフライムは、わたしの大切な子、喜びの子なのか。 わたしは彼を責めるたびに、ますます彼のことを思い起こすようになる。 それゆえ、わたしのはらわたは彼のためにわななき わたしは彼をあわれまずにはいられない。ー主のことばー(エレミヤ31:20) 神はあらかじめ選ばれたご自身の民を退け...