2018年7月5日木曜日

詩編第119編73から80節「主の御もとに立ち帰ろう」


「わたしを偽りによって迷わせた傲慢な者」がいた。そして、この信仰者は迷ったのだろう。主を畏れる人は自分の側から離れ去ってしまった。しかし、今や立ち帰ったのである。「あなたを畏れる人はわたしを見て喜びます。わたしが御言葉を待ち望んでいるからです。」これは失われた一匹の羊自身の祈りなのだ。「わたしの心があなたの掟に照らして無垢でありますように。」主のものとして生きていきたい。それが我らの祈りなのだ。

2026年8月31日の聖句

(ヤコブによる神への賛美)「私は、あなたが与えてくださるすべてのものの十分の一をあなたに献げます。」(創世記28:22) 喜んで与える人を神は愛してくださいます。(2コリント9:7) カンバーランド長老教会の信仰告白ではこのように告白しています。 「神が人類に委ね...