2018年7月5日木曜日

詩編第119編73から80節「主の御もとに立ち帰ろう」


「わたしを偽りによって迷わせた傲慢な者」がいた。そして、この信仰者は迷ったのだろう。主を畏れる人は自分の側から離れ去ってしまった。しかし、今や立ち帰ったのである。「あなたを畏れる人はわたしを見て喜びます。わたしが御言葉を待ち望んでいるからです。」これは失われた一匹の羊自身の祈りなのだ。「わたしの心があなたの掟に照らして無垢でありますように。」主のものとして生きていきたい。それが我らの祈りなのだ。

2026年10月22日の聖句

主が私たちを造られた。 私たちは主のもの。 主の民、その牧場の羊。(詩編100:3) (イエスの言葉)私は良い羊飼いである。私は自分の羊を知っており、羊も私を知っている。(ヨハネ10:14) 主イエスさまは私たちの羊飼い! 何とすばらしいイメージでしょう。...