2018年7月5日木曜日

詩編第119編73から80節「主の御もとに立ち帰ろう」


「わたしを偽りによって迷わせた傲慢な者」がいた。そして、この信仰者は迷ったのだろう。主を畏れる人は自分の側から離れ去ってしまった。しかし、今や立ち帰ったのである。「あなたを畏れる人はわたしを見て喜びます。わたしが御言葉を待ち望んでいるからです。」これは失われた一匹の羊自身の祈りなのだ。「わたしの心があなたの掟に照らして無垢でありますように。」主のものとして生きていきたい。それが我らの祈りなのだ。

2026年9月22日の聖句

こうして民は、自分たちが自ら選んで献げた物を喜んだ。(歴代誌上29:9) キプロス島生まれのヨセフは、持っていた畑を売り、その代金を持って来て、使徒たちの足元に置いた。(使徒4:37) 今日は献金の話です。 カンバーランド長老教会の信仰告白にはこのような言葉があり...