2018年7月5日木曜日

詩編第119編73から80節「主の御もとに立ち帰ろう」


「わたしを偽りによって迷わせた傲慢な者」がいた。そして、この信仰者は迷ったのだろう。主を畏れる人は自分の側から離れ去ってしまった。しかし、今や立ち帰ったのである。「あなたを畏れる人はわたしを見て喜びます。わたしが御言葉を待ち望んでいるからです。」これは失われた一匹の羊自身の祈りなのだ。「わたしの心があなたの掟に照らして無垢でありますように。」主のものとして生きていきたい。それが我らの祈りなのだ。

2026年6月23日の聖句f

我らの神は救いの神。 わが主は死から逃れさせてくださる神。(詩編68:21) 神は、主を復活させ、また、その力によって私たちをも復活させてくださいます。(1コリント6:14) 「主われを愛す」という讃美歌があります。「主われを愛す。主は強ければ、われ弱くとも恐れは...