詩編は神への祈りであり、神をたたえる賛美の歌だ。150編の詩編が私たちの元に届けられている。その最後は高らかな賛美である。恐らく、神殿の礼拝で、聖歌隊が声高らかに歌っていたのではないか。礼拝者も共に歌ったのではないか。どのようなメロディなのか、今では知る由もない。しかし、私たちも同じように歌う讃美の心は共有している。どこであっても、大いなる御業のゆえに声を尽くし楽器をならし、神を賛美する。あなたも招かれている。
2019年5月1日水曜日
2026年3月23日の聖句
私、私が主である。 私のほかに救う者はいない。(イザヤ43:11) (イエスの言葉)私と父とは一つである。(ヨハネ10:30) 今日私たちに与えられている聖書の御言葉は、神さまの深い御決意の表明であると思います。「私、私が主である。私のほかに救う者はいない。」ただおひとりの救い主...
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1. ヨハネによる福音書は最後の晩餐の場面をとても長く書いている。全部で21章の福音書の内の5章、4分の一に近い。しかも、いわゆる受難週の記事の殆どがこの晩餐の場面だ。その最後の晩餐を覚える祈祷会をこの木曜日に献げている。キリストがしてくださったように私たちもするのだ。主が...
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さがみ野教会の皆さま おはようございます。 気持ちのいい、爽やかな秋空の朝を迎えました。お変わりなくお過ごしでしょうか。 明日14日の日曜日の礼拝は成長感謝礼拝(子ども祝福式)です。 讃美歌や説教などが子ども向けのものとなり、大人と子どもとが共に神さまを礼拝し、子どもたちへの祝福...
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主よ、私の祈りをお聞きください。私の叫びに耳を傾けてください。私の涙に黙していないでください。(詩編39:13) (一人の罪深い女が)イエスの背後に立ち、イエスの足元で泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛で拭い、その足に接吻して香油を塗った。イエスは女に言われた。「あな...