2019年6月9日日曜日

2019年6月9日(サムエル記下13〜14)

今日の通読箇所:使徒言行録6:1~7:16、サムエル記下13~14、ヨブ記20

サムエル記下13~14;
ダビデの息子に、アブシャロムという男がいました。彼にはタマルという妹がいた。そして、アブシャロムとタマルとは腹違いの兄にあたるアムノンという息子もいました。アムノンは、自分の腹違いの妹タマルに恋をしていました。その思いを抑えきれなくなったアムノンは、タマルをレイプし、その上、事が済んだ後に「アムノンは彼女に激しい憎しみを覚えるようになった。彼の抱いた憎しみは、彼の抱いた愛よりも激しかった(13:15)」というのです。タマルは泣きながら立ち去りました。そんなタマルをアブシャロムが迎え、妹を辱めたアムノンを憎みました。
ダビデはこの出来事を聞いて激しく怒りましたが、長男アムノンがかわいいあまりに、彼を罰することがありませんでした。もしもダビデがふさわしく振る舞っていれば、この後の事件は起きなかったかもしれません。アブシャロムは、アムノンに復讐することを心に決めていました。兄弟たちを自分の家に招待し、酒に酔って上機嫌になっていたアムノンを殺したのです。
アムノンを喪ったことをダビデは深く悲しみました。三年間、嘆きました。「アムノンの死の痛みが和らいできたダビデ王は、アブシャロムに会いたいと思うようになった(13:39)」。しかし、ダビデはなかなかアブシャロムに会おうとしません。周囲の者たちに説得されて、アブシャロムを呼び戻しはしましたが、実際に会おうとはしませんでした。アブシャロムにとっても、辛い日々でした。「何のために、私はゲシュルから戻って来たのでしょうか。これでは、ゲシュルにいたほうがよかったのです(14:32)」。それで、ダビデはようやくアブシャロムと再会を果たすことができたのでした。
ダビデは、一貫して息子たちとも、娘とも向き合っていません。バト・シェバのことがあり、家族と向き合うことが恐ろしかったのかもしれません。しかしいずれにしても、彼は家長としての責任を果たしませんでした。そうこうしているうちに事態はどんどん悪くなります。明日はもっと悪化します。私たちは、自分の罪や時には家族の罪と、しっかりと向き合わねばならないのだと思います。それは辛いことです。ですから、キリストの赦しの御許でしか、できないことです。十字架の下に、私たちの家族が帰る場所もまた用意されている。そう信じます。

2025年1月12日の聖句

今週の聖句: 神の霊に導かれる者は、誰でも神の子なのです。(ローマ8:14) 今日の聖句: 憎しみはいさかいを引き起こし、愛は背きのすべてを覆い隠す。(箴言10:12) 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、宥めの献げ物として御子をお遣わしになりまし...