2019年7月28日日曜日

2019年7月28日(歴代誌下3〜4)

今日の通読箇所:エフェソの信徒への手紙3、歴代誌下3~4、箴言23

歴代誌下3~4;
「ソロモンは、エルサレムのモリヤ山で、主の神殿の建設を始めた(3:1)」。それはダビデの人口調査の後に祭壇を立てた、オルナンの麦打ち場のあった場所です。「そこは、主がソロモンの父ダビデにご自身を現され、ダビデが準備していた場所であり、かつて、エブス人オルナンの麦打ち場があった所である」。
それでは、エルサレムはいかなる場所であったのか。「ダビデとイスラエルのすべての人々はエルサレムに向かった。そこはエブスと呼ばれ、その地にはエブス人が住んでいた。エブスの住民はダビデに『ここには来られまい』と言ったが、ダビデはシオンの要害を攻め落とした。これがダビデの町である(歴代誌上11:4~5)」。エルサレムは、かつてダビデがエブス人から奪った場所でした。だから、イスラエルの人々はこれをダビデの町と呼びます。
そのエルサレムのモリヤ山に、神殿が建てられた。この『モリヤ』も、聖書中では特別な意味を持つ場所です。「神は言われた。『あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。そして私が示す一つの山で、彼を焼き尽くすいけにえとして献げなさい』(創世記22:2)」。そしてアブラハムは主に従い、イサクをまさに生け贄として屠ろうとしたその時、神がその手を止められました。神はアブラハムが神に従うものであるかを試し、彼は従い、アブラハムは神の備えてくださっていたイサクとは別の生け贄を献げることができました。主の備えを、彼は知ったのです。
その山に、今神殿が建てられようとしています。思えば、すべての備えは神がしてくださいました。もちろんダビデが備え、人生をかけて準備者となり、ソロモン自身の知恵を尽くした捧げ物であったと思います。しかし、そのすべてが神ご自身の備えです。礼拝は、神ご自身が私たちのために備えてくださっていることを知る時なのです。

2024年3月29日の聖句

ヤコブは、神が自分と語られた場所をベテル(神の家)と名付けた。(創世記35:15) 百人隊長や一緒にイエスの見張りをしていた人たちは、自身やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、「まことに、この人は神の子だった」と言った。(マタイ27:54) 神が自分と語られた場所をベテル(神の家...