2019年10月3日木曜日

箴言8:12~21「私たちは何を愛するのか」


「主を畏れることは、悪を憎むこと。傲慢、驕り、悪の道、暴言を吐く口を、私は憎む。」私たちは、二人の主人に兼ね使えることができない。一方を愛していた方を憎むか、一方を憎んで他方を愛するか、そのどちらかだ。主を畏れ、同時に悪を愛することはできない。当たり前のようにさえ響くが、それがまったく当たり前になっていない自分の日常を思わざるを得ない。「私を愛する人を私も愛し」という。他の何でもなく、主を愛そう。

2026年7月31日の聖句

見よ、私は我が民を火で精錬し、試練を与える。(エレミヤ9:6) 祈りなさい、誘惑に陥らないために。(ルカ22:40) 聖書が書かれた言語では、日本語で「試練」と翻訳される言葉と「誘惑」と翻訳される言葉とは同じ単語で言い表されます。同じ出来事が、場合によっては試練にもな...