2019年11月12日火曜日

2019年11月12日(エゼキエル書25〜26)

今日の通読箇所:ヨハネによる福音書15、エゼキエル書25~26

エゼキエル書25~26;
ユダとイスラエルが滅亡し、彼らを取り巻く周辺諸国に対する預言の言葉が語れていきます。ここでは、アンモン、モアブ、エドム、ティルスが対象です。
「アンモン人に言え。主なる神の言葉を聞け。主なる神はこう言われる。私の聖所が汚され、イスラエルの地が荒らされ、ユダの家が捕囚となって行ったとき、あなたはそれを『あはは』と言って嘲った。それゆえ、私はあなたを東の人々に渡して彼らに所有させる。・・・こうして、あなたがたは私が主であることを知るようになる」(25:3~5抜粋)。
確かに、ユダとイスラエルは自分たちの罪深さのために裁かれ、聖所も神に捨てられてしまいました。しかし、彼らの敵がそれを嘲り、笑いものにすることを神はお許しにならないのです。神の御名が汚されるからです。神がそのお名前を留めた地が汚され、神が侮られることを、神はお許しにならない。
「私が主であることを知るようになる」という言葉が、ここでも繰り返されていました。ユダの人々にも、この言葉が繰り返されていました。主という具体的な名前が私たちの間で重んじられるということがとても大事なのだということに気づかされます。神の民の間でも、そして、全地においても。
神様は、例え信じる私たちが一人残らず滅亡したとしても、やはり神様でいらっしゃることに変わりはありません。誰か信じる人がいるから神は神なのではなく、まず神がおられ、その御名が聖なるものであり、だから信じる者がいる。その事実を、はっきりと心に刻みたいと今日改めて思います。

2026年5月5日の聖句

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