2021年4月3日土曜日

2021年4月3日(詩編97)

詩編97
主は王となられた。
地は喜び踊れ。
多くの島々は喜べ。
雲と密雲は主を囲み
正義と公正が王座を支える。(1~2節)
まことに、主よ
  あなたは全地の上におられるいと高き方。
すべての神々にまさり、崇められる。(9節)

受難週の土曜日になりました。受難週祈祷会は金曜日に終わり、土曜日は沈黙の日です。聖書にも、この日のことはルカによる福音書に「女たちは、安息日には戒めに従って休んだ(23:56b)」と書いてあるくらいで、あまり多くは語られていません。マタイによる福音書には、ファリサイ派やピラトがイエスの復活を隠蔽するための企みをしますが、それくらいのことしか報告されていない。主イエスご自身は墓におられ、弟子たちも逃げ、女たちがイエスの埋葬をもっときちんと整えるために安息日が終わるのを待っていた。沈黙の日。それが、受難週の土曜日の出来事です。
そんな日に、私たちには詩編97が与えられました。意図してこうなったわけではありませんが、これも神さまの導きの中で与えられた御言葉であると思います。「主は王となられた」と神を賛美します。イースターを先取りするような賛美です。私たちは神さまの御前に喜び、神をほめたたえ、崇めるために、明日、復活の主日の礼拝を献げます。キリストが王となられたことを喜び祝うために、私たちは礼拝をします。
「まことに、主よ、あなたは全地の上におられるいと高き方。」これは、本当のことです。キリストこそが全地の上におられる方。私たちの目に映るところは、まるで安息日の土曜日のような現実かもしれません。キリストのお姿が見えず、弟子たちは逃げ、女たちは悲しみのうちに埋葬の準備をする。しかし、キリストの復活の栄光はすでに始まっています。私たちは「主は王となられた」と賛美をするために、今日、この備えの一日の祈りの道作りをしていくのです。この「現実」をも支配しておられる、まことの王を崇めるために。

2021年4月11日(詩編105)

詩編105 主に感謝し、その名を呼べ。 もろもろの民に主の業を知らせよ。 主に向かって歌い、主をほめ歌え。 すべての奇しき業を語れ。 主の聖なる名を誇れ。 主を求める者たちの心は喜べ。(1~3節) 主の聖なる名を誇れ、と言います。そして、この詩編は主なる神様がした「奇しき業」を思...