2021年4月2日金曜日

2021年4月2日(マルコによる福音書15)

マルコによる福音書15
ヨセフは亜麻布を買い、イエスを取り下ろしてその布に包み、岩を掘って造った墓に納め、墓の入り口に石を転がしておいた。(46節)

主イエス・キリストが、十字架にかけられました。夜通し不正な裁判をし、先導された民衆の叫びによって死刑が確定し、午前9時にはもうすでに十字架にかけられていました。兵士も、そこを通りがかる人も、皆、イエスを侮辱しました。一緒に十字架にかけられている者たちにも嘲られました。
昼の三時に、イエスは大声で叫ばれます。「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか。」主イエスは、ご自分が神に見捨てられたこと、神に呪われて死ぬことを、誰よりもよくご存じでした。人から侮辱されること、嫌われて憎まれること、裏切られること、そのようなことよりも神に捨てられることが本当に恐ろしいことだったに違いありません。マルコが伝えるキリストの最後の言葉は、「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」というものでした。
このようにして息を引き取ったイエスの遺体を、アリマタヤ出身のヨセフという男が引き取りました。埋葬するためです。彼はピラトに願い出て、イエスの遺体を引き取り、亜麻布を買ってそれに包み、墓に葬りました。亜麻布については、このときそれを買ったと書かれています。しかし墓は、イエスを埋葬することにしてそれから掘ることなんてできません。「岩を掘って造った」というのですから、普通に考えれば何日もかかります。つまり、ヨセフはすでに準備していた自分の墓にイエスを埋葬したということなのでしょう。これはとても示唆的だと思います。
イエスは葬られました。ヨセフの墓に葬られました。ヨセフがやがて葬られるはずだった場所に、イエスが代わって葬られました。イエスは、ヨセフに代わって死んだのです。同じように、イエスは私たちに代わって死んだのです。イエスは私たちに代わって侮辱され、嘲られ、十字架に釘で打ち付けられました。いや、そのようなことよりももっと深刻なのは、イエスは私に代わって神に捨てられたということです。イエスは私に代わって叫んだのです。「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」と。私に代わってこのように死に、このように葬られた。この方こそ、本当に神の子だったのです。

2021年4月11日(詩編105)

詩編105 主に感謝し、その名を呼べ。 もろもろの民に主の業を知らせよ。 主に向かって歌い、主をほめ歌え。 すべての奇しき業を語れ。 主の聖なる名を誇れ。 主を求める者たちの心は喜べ。(1~3節) 主の聖なる名を誇れ、と言います。そして、この詩編は主なる神様がした「奇しき業」を思...