2021年12月28日火曜日

2021年12月28日の聖句

私たちが主を離れるなどあり得ないことです。(ヨシュア24:16)
愛する人たち、最も聖なる信仰の上に自らを築き上げ、聖霊によって祈りなさい。神の愛の内に自らを保ち、永遠の命を目指して、私たちの主イエス・キリストの憐れみを待ち望みなさい。(ユダ20~21)

私が親になってみてひしひしと実感していることは、自分が親としていかに不完全なものか、ということです。子どもがやさしい言葉やあたたかい手を必要としているときに、いつもそれを向けてあげられるわけではありません。子どもが失敗をして傷ついているときに、追い打ちをかけるような言動をしてしまうこともあります。ところが、子どもはそれでも親にしがみつきます。親の愛を信じて向かってきます。彼らには、他に生きる術がないのです。
私たちの神さまへの向かい方には、同じような必死さがあるのでしょうか。他にも生きる術が自分にはあるという高慢な勘違いをしてはいないでしょうか。神さまは、人間の親とは違って、その愛に欠けるところがありません。完全な愛を向けてくださっている。それなのに、神さまに背を向けたり、少し距離を置こうなどと考えたり・・・不忠義で浮気者になってはいないでしょうか。
「神の愛の内に自らを保ち」と言っています。他のどこでもなく、神の愛の内に自分を保つ。神の愛の中に留まり続ける。主イエス・キリストの憐れみによって生きる。私たちに、他の一体どこに生きるべき場所があるのでしょう?「私たちが主を離れるなどあり得ないことです。」アーメン、と私たちも主の御許に生きていきましょう。人間の親とは違う無限の愛を信じて、キリストを信じる聖なる信仰によって生きていきましょう。もうすぐ、この年も暮れゆこうとしています。キリストと共に、この年の最後の歩みを重ねましょう。そしてキリストと共に、新しい時を歩んでいきましょう。神の愛の中に、自らを留めて。

2026年9月25日の聖句

幸いな者、主を神とする民は。(詩編144:15) 同じ主が、すべての人の主であり、ご自分を呼び求めるすべての人を豊かにお恵みになるからです。(ローマ10:12) 今日の新約の御言葉の直前には「ユダヤ人とギリシア人の区別はありません。」と書かれています。これまで主なる神...