2022年7月12日火曜日

2022年7月12日の聖句

主はわが力。(ハバクク3:19)
私たちが労苦し、闘っているのは、生ける神に望みを置いているからです。(1テモテ4:10)

私たちは労苦し、闘っている。使徒パウロはそのように言います。この手紙は若き伝道者テモテに宛てて書いた手紙。テモテや、テモテが仕える教会を思い、彼らのために言葉を編んだのでしょう。そしてその手紙を私たちも聖書の御言葉として聞いている。使徒パウロは私たちに言います。私たちは労苦して闘っているのだ、と。
誰と、何のために闘っているのか。この章の最初から見ると、「後の時代になると、惑わす霊と悪霊の教えとに心を奪われ、信仰から離れるものがいます」と言っています。更に「このことは、偽りを語る者たちの偽善によって引き起こされるのです」と言う。惑わす霊、悪霊との戦い、偽り者との戦い。これは、悪霊が支配する邪な時代に信仰者として生きる闘いです。
他者を見下して、独善的に、英雄のような気分で闘っているのではない。そのようなことは明らかです。主イエスは邪な私たちをとことんまで愛し抜いてくださいました。信仰の闘いは、愛の闘いでもあります。偽善と邪のために、食べ物や結婚について誤った禁欲主義が横行する、ともパウロは言います。しかし、食べ物も結婚生活も、信仰をもって感謝して受ければすばらしいもの、神が与えてくださったもの。愛を持って感謝して生きるというのは、自由で、魅力的な生き方です。キリスト者としての自由な生へ私たちは招かれ、キリストにある生への闘いに、私たちは赴いている。
これは悪霊との闘いです。単に自分の心の弱さとか、自分に厭なことをいう人の存在とか、社会の曲がった様子とか、それだけでは済まない。人間の力を超えた悪霊の支配を見ている。だからこそ、神こそわが力と信じ、何よりもキリストの愛を信じて、私たちは強くなることができる。
信仰は私たちを自由にします。信仰は私たちに愛を与えます。主イエス・キリストの力によって、今日、私たちは強くなれるのです。

2025年4月4日の聖句

主は私たちを再び憐れみ、私たちの罪をことごとく、海の深みに投げ込まれる。(ミカ7:19) 私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、あらゆる不正から清めてくださいます。(1ヨハネ1:9) なんてありがたい御言葉なのでしょうか。主は私たちを憐れんでく...