私の魂はあなたにすがり、あなたの右の手は私を支えてくださいます。(詩編63:9)
パウロは書く:私は自分が信頼している方を知っており、私に委ねられているものを、その方がかの日まで守ることがおできになると確信しているからです。(2テモテ1:12)
「私は自分が信頼している方を知っており」とパウロは書きます。自分が信頼している方、その方は主イエス・キリスト。パウロも、私たちも、そのことを知っています。この方の愛を、この方の慈しみを知って、私たちは信頼している。
「私の魂はあなたにすがり、あなたの右の手は私を支えてくださいます。」この詩編は「あなたにすがり」「あなたの右の手は」と言っています。主なる神さまは「あなた」とお呼びする方、よく知って信頼している方。この信頼する方に私はすがって祈り、この方の手が私を支えてくださる。
祈るというのは、そういうことです。ただ漠然と、よく知らない神さまに、愛と信頼を寄せて心から祈ることはできない。私たちはキリストを知り、キリストの慈しみを知っているから、真心からこの方に祈るし、この方を信頼して祈ることができる。ですから、大切なことはキリストがいかに慈しみ深い方であるかということを骨身に染みて知ることです。
どうか今日も、慈しみ深いキリストがあなたを祝福し、守り、聖霊の力によってあなたを祝福してくださいますように。心から祈ります。
パウロは書く:私は自分が信頼している方を知っており、私に委ねられているものを、その方がかの日まで守ることがおできになると確信しているからです。(2テモテ1:12)
「私は自分が信頼している方を知っており」とパウロは書きます。自分が信頼している方、その方は主イエス・キリスト。パウロも、私たちも、そのことを知っています。この方の愛を、この方の慈しみを知って、私たちは信頼している。
「私の魂はあなたにすがり、あなたの右の手は私を支えてくださいます。」この詩編は「あなたにすがり」「あなたの右の手は」と言っています。主なる神さまは「あなた」とお呼びする方、よく知って信頼している方。この信頼する方に私はすがって祈り、この方の手が私を支えてくださる。
祈るというのは、そういうことです。ただ漠然と、よく知らない神さまに、愛と信頼を寄せて心から祈ることはできない。私たちはキリストを知り、キリストの慈しみを知っているから、真心からこの方に祈るし、この方を信頼して祈ることができる。ですから、大切なことはキリストがいかに慈しみ深い方であるかということを骨身に染みて知ることです。
どうか今日も、慈しみ深いキリストがあなたを祝福し、守り、聖霊の力によってあなたを祝福してくださいますように。心から祈ります。