2023年1月20日金曜日

2023年1月20日の聖句

あなたが、隣り人に、何かを売ったり、彼から何かを買ったりするとき、誰もがその兄弟に損をさせて甘い汁を吸ってはいけない。(レビ記25:14)
わたしたちは、主の前だけではなく、人の前でも公明正大にふるまうように心がけています。(2コリント8:21)

公明正大に、と書かれています。。ギリシア語の原文の単語は「考える」という動詞の前に「前で」という接頭辞がくっついてできあがっています。ですから文字通りに直訳すれば「前で考える」ということになる。そしてこの文脈では、主なる神さまの前で考え、また人の前で考えるということになる。積極的な意味での「人目を気にする」ということになると思います。
人目を気にするというと消極的な意味、悪い意味になることが多いです。人目を気にして、正しいことを曲げて出る杭にならないようにする。正しさや価値観を大事にするのではなく、人目を基準にして周りに適応しようとする。更に、神さまがどのようにご覧になるのかということを無視して、人に悪く映らないようにすることばかりを気にかける。そのような意味になると、人目を気にするというのは非常に非倫理的な振る舞いになりかねません。
しかし、ここでは明らかにそのような意味ではない。人の前でというのは、ここでは「神の前で」ということと合わせて考えられています。人にも神さまにも隠さなければならないような、恥ずべき、間違ったことをしない。まさに「公明正大」にふるまう。神さまを信じる者の生き方は、この世で一人の市民として誠実に生きることと別々のことではないのです。
その上で、神さまは私たちにお命じになります。「あなたが、隣り人に、何かを売ったり、彼から何かを買ったりするとき、誰もがその兄弟に損をさせて甘い汁を吸ってはいけない。」隣り人に損をさせて自分が甘い汁を吸ったり、人を犠牲にして私腹を肥やしたりしてはならないといいます。なぜなら、その隣り人は主にある「兄弟」であり「姉妹」だからです。つまり、隣人との関係には、神さまがそこにおられて成り立っている。だから、目の前の人を私たちは兄弟として、姉妹として愛し、彼ら彼女らを食い物にしてはならないのです。
神さまが私たちの人間関係をもご覧になっています。そして、隣人の目を通して、神さまご自身が私たちをご覧になっています。今日、私たちは隣人とどのように関係を築くのでしょうか。

2023年1月27日の聖句

義しい人は小川のほとりに植えられている木のようで、 時が来ると実を結び、 その葉は枯れることがない。(詩編1:3) パウロの手紙:私はこう祈ります。あなた方の愛が知識とあらゆる体験にあって、ますます豊かになり、イエス・キリストによる義の実りで満たされて、神に栄誉と賛美がもたらされ...