2024年1月8日月曜日

2024年1月8日の聖句

彼らはあなたの前に喜んだ。収穫を喜ぶように。(イザヤ9:2)
たびたび降り注ぐ雨を吸い込んで、耕す人たちに有用な作物を生じる土地は、神の祝福にあずかります。(ヘブライ6:7)

収穫、大地の実りを譬えとする聖書の御言葉は、響きがずいぶんと変わってしまったのではないかと思います。聖書の民にとって、あるいはほんの最近までは死活問題でした。ところが私たちの多くは収穫の喜びを殆ど知りません。収穫に自分たちの命が左右されるということを肌感覚としてよく知らない。大地の実りが畑で結ばれることを忘れ、スーパーマーケットで手に入るに過ぎないものと感じてしまっている。それはほかの誰でもなく、私のことです。そんな生活の中、私は自分にとって、作物の実りの譬えが響きにくくなっていることを自覚します。
作物の実りには適度な雨や晴れ、虫が大量発生しない環境やちょうど良い気温など、たくさんの条件が必要なのでしょう。そしてそれらの多くは、本当は人間にはコントロールすることのできない領域のものです。スーパーの消費者として収穫物を手に取るとき、そういうことの殆どを忘れてしまっています。しかし、野菜一つに込められた神の恵みは、貴いものです。「彼らはあなたの前に喜んだ。収穫を喜ぶように。」神様の御前に、私たちを生かしてくださるお方の御前に、私たちはこれを喜ぶ。
今日の新約聖書の御言葉はこのように言います。「たびたび降り注ぐ雨を吸い込んで、耕す人たちに有用な作物を生じる土地は、神の祝福にあずかります。」これは実は私たちの信仰者としての成長の譬えとして、収穫物の話をしています。私たちの信仰者としての成長には、天候や自然環境のような、神さまの領域の事柄が殆どです。私たちの信仰はキリストが何をしてくださったのかに始まり、神ご自身の霊の同伴によって成り立ち、父の御支配の中で営まれる歩みです。そのような信仰生活の中、私たちは、自身の事柄としてキリストを信じ、キリストを愛し、キリストに従う決心をします。十字架のキリストを私の主、私の師として、私たちはこの方に従う。そこに結ばれる実りを、神ご自身が喜んでくださいます。今日一日も、主イエス・キリストの祝福と恵みがありますように。

2026年1月31日の聖句

主よ、あなたの働きは私を喜ばせる。 私はあなたの手の業を喜び歌おう。(詩編92:5) (足が不自由であった男は)躍り上がって立ち、歩き出した。そして、歩き回ったり踊ったりして神を賛美し、(ペトロとヨハネ)二人と一緒に境内に入って行った。(使徒3:8) 使徒ペトロとヨハネとに足を癒...