2024年3月2日土曜日

2024年3月2日の聖句

いつまで、主よ、わたしを忘れておられるのか。
いつまで、御顔をわたしから隠しておられのか。(詩編13:2)
(イエスの叫び)わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか。(マタイ27:46)

主イエス・キリストの十字架の上での叫びです。
「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか。」
主イエス・キリストは、私たちの知らないことを知っておられる。それは、本当の絶望のどん底とは一体何か、ということです。神に見捨てられること。そこにこそ、絶望の絶望たる所以がある。
私たちにも、神に見捨てられたとしか考えようのない苦しみがあります。私たちにも、呻きつつ言わねばならないときがあります。「いつまで、主よ、わたしを忘れておられるのか。いつまで、御顔をわたしから隠しておられのか。」しかし、キリストと同じほどに神に棄てられた人はいません。私たちがどんなにどん底にいるときにも、キリストはなおその下におられて私たちを支えていてくださいます。
この受難節のとき、主イエス・キリストの叫び声にじっと耳を傾けましょう。この私のために、この私に替わって叫んでくださったキリストの御声に、この耳を向けましょう。そこでしか見出すことのできない望みが私たちにはあるのです。

2026年9月2日の聖句

万軍の主はこう言われる。 あなたがたに触れる者は私の目の瞳に触れる者だ。(ゼカリヤ2:12) また、神は世の取るに足りない者や軽んじられている者を選ばれました。すなわち、力ある者を無力な者にするため、無に等しい者を選ばれたのです。(1コリント1:28) 神は力のあ...