2024年6月19日水曜日

2024年6月19日の聖句

私の民よ、心して聞け。私の国民よ、私に耳を傾けよ。教えは私から出て、私は私の公正をもろもろの民の光とする。(イザヤ51:4)
シメオンは神をほめたたえて言った。「私はこの目であなたの救いを見ました。これは万民の前に備えられた救いで、異邦人を照らす啓示の光、あなたの民イスラエルの栄光です。」(ルカ2:28,30~32)

主なる神さまの公正が私たちの光だ、と聖書は言います。公正や正義。私たちも求めています。ところがどんなに社会を見回してみても見えてこない。新聞を開いても、テレビをつけてみても、聖書が言うような公正が見つからない。自分の考える公正を押し通そうとし、しかし現実にはそうならず、そうやって湧き上がる怒りが社会を席巻しているようにも思います。神さまから出る公正とは、一体何でしょうか?私だけ、私たちだけではなく、もろもろの民を照らす光となる神の公正とは一体何か。
シメオンもやはり言っています。「私はこの目であなたの救いを見ました。これは万民の前に備えられた救いで、異邦人を照らす啓示の光、あなたの民イスラエルの栄光です。」異邦人を含めすべての民を照らす光がある、と言うのです。
神さまの光は、すべての人を照らす光です。一部の人だけ、選ばれた人だけを照らす光ではない。異邦人も含めたすべての人のための光。だからこそ、救いの光と言いうる光なのではないでしょうか。
神さまの光は私たちの正義感や思惑には収まりません。神さまの光はもっと大きく、素晴らしい。私たちは、神とその御子の光をただひたすらに仰ぎます。

2025年7月13日の聖句

今週の聖句: 互いに重荷を担いなさい。そうすればキリストの律法を全うすることになります。(ガラテヤ6:2) 今日の聖句: 主よ、夜には心からあなたを慕い求め、朝には私の霊をもってあなたを捜し求めます。(イザヤ26:9) 朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、寂しい所へ出て行き、そ...