2024年11月29日金曜日

2024年11月29日の聖句

(主よ、)あらゆる富にも増して、あなたの定めの道を喜びとします。(詩編119:14)
(イエスの言葉)私が父の戒めを守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、私の戒めを守るなら、私の愛にとどまっていることになる。これらのことを話したのは、私の喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである。(ヨハネ15:10~11)

私たちが主イエスさまの愛にとどまるとは具体的に言えば主の戒めを守ることだ、とおっしゃっています。主のご命令に従うことが主を愛することに他ならないのです。
私たちはそのことをすぐに忘れてしまうのではないでしょうか。あるいは、言い訳をしながら忘れたふりをしてしまうこともあるかもしれません。少なくとも、私はそういう自分であることを否定できません。しかし、主イエスははっきりとご自分の戒め、ご命令に従うようにとおっしゃっています。
それでは主のご命令とは何か、どこに神の御心があるのか。例えば、聖書にはこのように記されています。「人よ、何が善であるのか。そして、主は何をあなたに求めておられるか。それは公正を愛し、慈しみを愛し、へりくだって、あなたの神と共に歩むことである。(ミカ書6:8)」神は人間社会の中でずっと虐げられてきたやもめやみなしごを守り、寄留する外国人や病気の人を愛しておられます。この神が私たちに求める公正、慈しみとは一体何でしょうか。へりくだりとは一体何でしょうか。私たちが神と共に歩むとき、私たちは誰の隣人になるのでしょうか。
主イエス・キリストは私たちがキリストの戒め、愛の戒めに従うことを求めておられます。このキリストの御心を深く心に刻みたいと願います。

2025年8月30日の聖句

主よ、あなたは私を回復させ、生かし続けてくださいました。(イザヤ38:16) 時に、プブリウスの父親が熱病と下痢で床に就いていたので、パウロはその人のところに行って祈り、手を置いて癒やした。(使徒28:8) 熱病や下痢を初めとして、あらゆる病に苦しむ仲間のために私たちは祈ります。...