私は彼らを慰め、悲しみに代えて喜びを与える。(エレミヤ31:13)
私たちがあなたがたについて抱いている希望は揺るぎません。なぜなら、あなたがたが苦しみを共にしてくれているように、慰めをも共にしていると、私たちは知っているからです。」(2コリント1:7)
今日の新約はコリントの信徒への手紙です。使徒パウロがコリント教会に宛てて書いた手紙です。コリント教会とパウロとの関係は、実はあまり良かったとは言えません。むしろかなり難しかった。この教会にはパウロを非難する者も多かったのです。
ところが、パウロはそういう人たちが読む手紙に、このように書くのです。「私たちがあなたがたについて抱いている希望は揺るぎません。」凄い言葉です。普通だったら言えないと思います。「私はあなたたちにはほとほと絶望している。もはや一切期待していない。」そう言ってしまいそうなところですが、パウロは違った。「あなたがたについて抱いている希望は揺るぎません」と言えた。なぜか。
「なぜなら、あなたがたが苦しみを共にしてくれているように、慰めをも共にしていると、私たちは知っているからです。」
パウロはたくさんの苦しみを知っている人です。多くの苦難を味わってきました。その苦しみの中にはコリント教会との軋轢もあったはずです。しかし、パウロは自分は独りぼっちで苦しんでいる、誰にもこの苦しみは分からない、とは言いません。あなたがたは私の苦しみを共にしてくれている。なぜそう言えるのか。それは、慰めも共にしている、と信じているからです。この慰めは、キリストが下さる慰め以外の何ものでもないでしょう。キリストが御言葉によって私を慰め、あなたをも慰めてくださっている。あなたがたは、私の苦しみを共にしてくれているね、だから主は私たちを共に慰めてくださっているね、とパウロは語りかけます。主を信じ、主に完全に期待している信仰者の言葉です。
私たちがあなたがたについて抱いている希望は揺るぎません。なぜなら、あなたがたが苦しみを共にしてくれているように、慰めをも共にしていると、私たちは知っているからです。」(2コリント1:7)
今日の新約はコリントの信徒への手紙です。使徒パウロがコリント教会に宛てて書いた手紙です。コリント教会とパウロとの関係は、実はあまり良かったとは言えません。むしろかなり難しかった。この教会にはパウロを非難する者も多かったのです。
ところが、パウロはそういう人たちが読む手紙に、このように書くのです。「私たちがあなたがたについて抱いている希望は揺るぎません。」凄い言葉です。普通だったら言えないと思います。「私はあなたたちにはほとほと絶望している。もはや一切期待していない。」そう言ってしまいそうなところですが、パウロは違った。「あなたがたについて抱いている希望は揺るぎません」と言えた。なぜか。
「なぜなら、あなたがたが苦しみを共にしてくれているように、慰めをも共にしていると、私たちは知っているからです。」
パウロはたくさんの苦しみを知っている人です。多くの苦難を味わってきました。その苦しみの中にはコリント教会との軋轢もあったはずです。しかし、パウロは自分は独りぼっちで苦しんでいる、誰にもこの苦しみは分からない、とは言いません。あなたがたは私の苦しみを共にしてくれている。なぜそう言えるのか。それは、慰めも共にしている、と信じているからです。この慰めは、キリストが下さる慰め以外の何ものでもないでしょう。キリストが御言葉によって私を慰め、あなたをも慰めてくださっている。あなたがたは、私の苦しみを共にしてくれているね、だから主は私たちを共に慰めてくださっているね、とパウロは語りかけます。主を信じ、主に完全に期待している信仰者の言葉です。