2016年9月1日木曜日

詩編第32編「罪を告白する幸い」

七つの「悔い改めの詩編」の一つである。言葉も出ないほどに呻き、苦しんでいる。神の御手が重い。夏の日照りの厳しさを通してその重さを知る。そのときに、詩編作者は「主に私の背きを告白しよう」と言った。ホーソーンの『緋文字』は罪を告白した女と隠し通そうとした男の物語である。告白しようとしなかった者はその圧迫に耐えられなかった。罪の告白は実は幸いなのだ。その分別は主の慈しみ生かされている事実を気づかせる。

2025年4月3日の聖句

わたしの民は二つの悪を行った。いのちの水の泉であるわたしを捨て、多くの水溜を自分たちのために掘ったのだ。水を溜めることのできない、壊れた水溜を。(エレミヤ2:13) (イエスの言葉)私が与える水を飲む者は決して渇かない。私が与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水が湧き出...