「シオンで、主は布告された、祝福と、とこしえの命を。」この福音の告知を、この詩編は一人で聞いて喜んでいるのではない。「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び。」共に神を信じる兄弟また姉妹と共に福音に耳を傾けているのだ。神を信じるこの家族は教会にある。主なる神が告知し、もたらしてくださる祝福ととこしえの命を共に受け、神の下さる恵みと喜びを共に分かち合う。それが教会であり、礼拝なのだ。
2025年1月8日の聖句
神よ、私の心は整いました。 私は歌い、奏でよう。 わが魂よ、目覚めよ。(詩編108:2) 脚の不自由な男は跳ね起き、立って歩けるようになって彼らと共に神殿の境内に入り、走り回り跳び回っては、神を賛美した。(使徒3:8) 12月ごろからひどい腰痛に悩まされていました。今はずいぶん回...
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さがみ野教会の皆さま おはようございます。 気持ちのいい、爽やかな秋空の朝を迎えました。お変わりなくお過ごしでしょうか。 明日14日の日曜日の礼拝は成長感謝礼拝(子ども祝福式)です。 讃美歌や説教などが子ども向けのものとなり、大人と子どもとが共に神さまを礼拝し、子どもたちへの祝福...
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神によって私たちは力を振るいます。(詩編60:14) きょうだいたち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を、神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。(ローマ12:1) 今日の二つの御言葉がいっしょに掲げられているというのは本当に面白いなと思います。神によっ...
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仲間に向かって平和を口にするが心には悪意を抱いている「神に逆らう者」いる。しかし、私は主を呼び求めます、と告白する。「至聖所に向かって手を上げ、あなたに救いを求めて叫びます。」新約の信仰に生きる者にとって、この至聖所はキリストがおられる「恵みの座」であり、我らは大胆にもそこに近...