今日の通読箇所:ヘブライ人への手紙7、民数記3~4、詩編78
民数記3~4;
イスラエルの他の部族は区別されて、レビ族の人々が数えられ、その役割が与えられました。よく読んでいくと、レビ人と他の部族とでは、数え方が少し違います。
「モーセとアロンは、・・・それぞれの氏族と、その父祖の家に基づいて、二十歳以上の男子一人ひとりの名を数え、系図に記した(1:17~1)」というのが、レビ人以外の人々の数え方です。しかし、レビ人の人口調査はこのようになっています。「レビの一族を、その父祖の家と、それぞれの氏族によって登録しなさい。生後一ヶ月以上のすべての男子を登録しなさい(3:15)」。
他の部族では20歳以上でした。これは、基本的に兵役に就くことのできる男子の数を調べるための調査です。しかし、レビ人の場合は、現役世代で幕屋の仕事をする男子の数だけではなく、生後一ヶ月以降のすべての人数を調べます。実はこれに対応するのは、他の部族についての「生後一ヶ月以上のすべての男子の初子を登録し、その名を数えなさい(1:40)」という命令です。レビ人は、他の部族のすべての男子の初子の代わりだ、というのです。家畜の場合、初子は神のものです。初子が神のものと言うことは、すべてが神のものだということです。初子はそのシンボルです。その考え方が人間にも適応されて、初子は神のものとされた。しかし人間を殺して献げるわけにはいきませんから、レビ人をイスラエルのすべての初子の代わりとして、神のものとしたのです。レビ人は、そのようにして他と区別して神のものとされました。レビ人の存在が、私たちすべての者は神のものだということを思い起こさせるシンボルだったのです。
私たちも、神のものです。私たちが神のものだというしるしをつけられたのは、洗礼の時です。私たちは礼拝堂に設置された洗礼盤を見るたびに、私も神のものとされたのだということを思い起こします。神のものとして神に仕え、祈りのつとめを果たすために、私たちは神に選ばれたのです。
民数記3~4;
イスラエルの他の部族は区別されて、レビ族の人々が数えられ、その役割が与えられました。よく読んでいくと、レビ人と他の部族とでは、数え方が少し違います。
「モーセとアロンは、・・・それぞれの氏族と、その父祖の家に基づいて、二十歳以上の男子一人ひとりの名を数え、系図に記した(1:17~1)」というのが、レビ人以外の人々の数え方です。しかし、レビ人の人口調査はこのようになっています。「レビの一族を、その父祖の家と、それぞれの氏族によって登録しなさい。生後一ヶ月以上のすべての男子を登録しなさい(3:15)」。
他の部族では20歳以上でした。これは、基本的に兵役に就くことのできる男子の数を調べるための調査です。しかし、レビ人の場合は、現役世代で幕屋の仕事をする男子の数だけではなく、生後一ヶ月以降のすべての人数を調べます。実はこれに対応するのは、他の部族についての「生後一ヶ月以上のすべての男子の初子を登録し、その名を数えなさい(1:40)」という命令です。レビ人は、他の部族のすべての男子の初子の代わりだ、というのです。家畜の場合、初子は神のものです。初子が神のものと言うことは、すべてが神のものだということです。初子はそのシンボルです。その考え方が人間にも適応されて、初子は神のものとされた。しかし人間を殺して献げるわけにはいきませんから、レビ人をイスラエルのすべての初子の代わりとして、神のものとしたのです。レビ人は、そのようにして他と区別して神のものとされました。レビ人の存在が、私たちすべての者は神のものだということを思い起こさせるシンボルだったのです。
私たちも、神のものです。私たちが神のものだというしるしをつけられたのは、洗礼の時です。私たちは礼拝堂に設置された洗礼盤を見るたびに、私も神のものとされたのだということを思い起こします。神のものとして神に仕え、祈りのつとめを果たすために、私たちは神に選ばれたのです。