2019年4月27日土曜日

2019年4月27日(ヨシュア記12〜13)

今日の通読箇所:エフェソの信徒への手紙1、ヨシュア記12~13、詩編119:161~176

ヨシュア記12~13;
第12章には、ヨルダン川の東側と西側、それぞれで占領した土地とそこを治めていた王たちの名前がとても丁寧に記されています。その名前の一つひとつが、イスラエルの人々にとっては、神様の力強い御業を思い起こさせるものだったのでしょう。ヨシュアたちの時代の後、やがてヨシュア記がこのように書かれる時代、今やイスラエルの領土なっている土地の名前やそこをかつて治めていた王たちの名前を記録しながら、自分たちの力だけでは到底なしえなかった事柄について、神様が力を与え、なさしめてくださったことを思い起こしていたのではないでしょうか。
第13章では、冒頭このようにあります。「ヨシュアは多くの日を重ねて年を取った。主は彼に言われた。『あなたは多くの日を重ねて年を取ったが、占領すべき土地はたくさん残っている。残っている土地は次のとおりである。・・・あなたはただ、私が命じたとおり、くじを引いて、それをイスラエルの相続地として分けなさい』」(1,2,6節)。まだ、ヨシュアたちが足の裏で踏むべき場所はたくさん残っています。なお、ヨシュアは民の先頭に立ってそこに出て行って進め、と言われます。それはすでに年を取っていたヨシュアにとって、もしかしたら喜ばしい命令ではなかったかもしれません。しかし、神様はなおヨシュアを用いようとなさいます。
神様の力に頼り、またその導きに従って進むとき、自分自身の予想とは違う仕方で、神様は私たちを用いてくださいます。なお神のご命令は、意味を持ち続けている。私たちの足の裏踏むべき場所はまだ残っている。その神様の御業の幻を追い求めて、私たちは今日も進むことができるのです。

2026年10月24日の聖句

主はその聖なる腕を すべての国民の目の前に現されました。 地の果てのすべての者が、 私たちの神の救いを見る。(イザヤ52:10) あなたがたは、もはやよそ者でも寄留者でもなく、聖なる者たちと同じ民であり、神の家族の一員です。(エフェソ2:19) ほんの少し...