2019年6月22日土曜日

2019年6月22日(列王記上9〜10)

今日の通読箇所:使徒言行録15:1~21、列王記上9~10、ヨブ記34

列王記上9~10;
シェバの女王が主の名によるソロモンの名声を聞き、やって来ました。難問をもってソロモンを試すために。この「難問」はいわゆる謎かけです。士師記14:12のように、一見すると何の関係のないものを結びつける謎を解くことで知恵を証明する。ソロモンはもちろん、シェバの女王も大変頭の切れる人物であったのでしょう。しかし「ソロモンは問いかけのすべてに答えた。王に分からないこと、答えられないことは何一つなかった。シェバの女王は、ソロモンの深い知恵と、彼が建てた宮殿に目を見張った(10:3~4)」。
彼女は食卓の料理や家臣の居住まい、給仕の振る舞いとその服装、献酌官、それに王が主の神殿で献げる焼き尽くすいけにえを目にして、息も止まるほどであった、と言います。これらはすべて第3章で神が与えると約束してくださったもの、ということなのだと思います。神が王としてお立てになったソロモンは神に与えられた知恵をもって国を治め、神に与えられた富を持ち、それに彼女は驚いた。
また、シェバというのは、アラビア半島の南端のあたりにある国です。旧約聖書の世界観では、地の果てと言っていい場所です。世界の果てにまで主にあるソロモンの名声は轟き、実際にそれを見聞きしてかの国の女王も息を止まるほどに驚いた。ソロモン王政の絶頂期と言うことができます。
そして、それは、何度でも繰り返して注目すべきことですが、すべて神が与えてくださったものです。今朝は第9章で、主なる神様が再びソロモンに現れて、ご自分の慈しみを示してくださいました。ソロモンは、与えられた恵みに応えて、主に向かって一心に仕え、神の言葉に従って生きるべきです。「あなたがもし、父ダビデが歩んだように、誠実な心で正しく私の前を歩み、命じられたことをすべて行い、掟と法を守るなら、私はイスラエルのあなたの王座をとこしえに確かなものとする(9:4~5)」。私たちのどんな絶頂期も、あるいはその逆に何をやってもうまくいかないときでさえも、それは神がお与えになった「時」であるに違いありません。私たちはどのような「時」にも神に仕えて生きるし、それが私たちの何よりたしかな幸いであると私は信じています。

2024年2月24日の聖句

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