2019年8月9日金曜日

2019年8月9日(歴代誌下27〜28)

今日の通読箇所:コリントの信徒への手紙一8、歴代誌下27~28、コヘレトの言葉4

歴代誌下27~28;
ユダ国のアハズ王は、主の目に適う正しいことは行いませんでした。ここでの正しいか正しくないかという基準は、神に従うか否か、という一点につきます。まことの神のみを礼拝し、そのような国作りをするか。王たちはその一点で評価されていますが、アハズはその点で主の目に適う王ではありませんでした。それで、「その神、主は彼をアラムの王の
手に渡された(28:5)」のでした。アハズは神に敵対し、神の怒りを自ら招いたのです。
それで、アハズ王は策を練ります。気鋭の超大国アッシリアに助けを求めました。軍事同盟を結んで守ってもらおうと考えたのです。「その頃、アハズ王はアッシリアの王たちに使者を送り、助けを求めていた(16節)」。しかし、アハズが考えていたようにはうまくいきませんでした。「アッシリアの王ティグラト・ピレセルは、アハズに向かって攻めて来て、アハズを苦しめ、助けなかった。アハズは主の神殿、王宮、高官の家の財産を供出させ、アッシリアの王に差し出したが、彼の助けにはならなかった。このアハズ王は、その苦難の時にも、なお主に背いたのである(20~22節)」。アハズとしては、本当に惨めなことです。タコが自分の足を食うように、一番大事なはずのものまでアッシリアに献げ尽くしました。しかしアッシリアは助けてくれなかった。それで、彼はどうしたのか。「彼は自分を打ったダマスコの神々にいけにえを献げ、『アラムの王たちの神々は、王たちを助けている。私もその神々にいけにえを献げよう。そうすれば彼らは私も助けるだろう』と言った(23節)」。何という奴隷根性でしょう。しかし、結局それもただ人々にとってのつまずきとなるだけで、何ら助けにはならなかったのでした。
アハズの一番の問題は、政治的手腕がなかったとか、世界情勢を見誤ったとか、大国に取り入るのがうまくなかったとか、属国根性がいけないとか、そういうことではありません。神様に頼らず、目に見える確かそうなもの(軍事同盟や大国の力)に頼ったことです。それで、一番大切なはずの信仰を売り渡してしまったのでした。
私たちにとってのアッシリアは、何者でしょう。私たちが本当は売り渡してはならないものとは、一体なんでしょうか。神様の前で自分がどう生きているのか、神からご覧になってどういうものであるのか。静かに思い巡らして、一日を始めたいと思います。こう祈りつつ。「我らを試みに遭わせず、悪より救いいだし給え」と。

2026年2月1日の聖句

2月の聖句: あなたの神、主があなたとその家に与えられたすべての恵みを、あなたと、あなたの中にいる寄留者と共に楽しみなさい。(申命記26:11) 今週の聖句: あなたの上には主が輝き出で 主の栄光があなたの上に現れる。(イザヤ60:2) 今日の聖句: お前たちの愛は朝の霧 すぐに...