ここでは知恵の呼び声が、面白いことに家に象徴されて言い表されている。七本の柱を刻んで立て、獣を屠り、酒を調合し、食卓を整えて、呼びかける。「浅はかな者はだれでも立ち寄るがよい」と。ここは知恵の家、知恵の振る舞いを楽しんで、分別の道を学ぶための家だと言うのだ。知恵は楽しいものでもあることが分かる。知恵は真面目さではない。柔らかな心で人生を楽しみ、何にも増して神を畏れ、礼拝する。生き生きとした人生だ。
2025年11月1日の聖句
11月の聖句: (神の言葉)私は失われたものを捜し求め、散らされたものを連れ戻し、傷ついたものを包み、病めるものを力づける。(エゼキエル34:16) 今日の聖句: 私はあなたのどの戒めに目を留めても、恥じ入ることはありません。(詩編119:6) (イエスの言葉)良い地に落ちたのは...
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1. ヨハネによる福音書は最後の晩餐の場面をとても長く書いている。全部で21章の福音書の内の5章、4分の一に近い。しかも、いわゆる受難週の記事の殆どがこの晩餐の場面だ。その最後の晩餐を覚える祈祷会をこの木曜日に献げている。キリストがしてくださったように私たちもするのだ。主が...
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さがみ野教会の皆さま おはようございます。 気持ちのいい、爽やかな秋空の朝を迎えました。お変わりなくお過ごしでしょうか。 明日14日の日曜日の礼拝は成長感謝礼拝(子ども祝福式)です。 讃美歌や説教などが子ども向けのものとなり、大人と子どもとが共に神さまを礼拝し、子どもたちへの祝福...
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(主の言葉)恐れるな、アブラムよ。私はあなたの盾である。あなたの受ける報いは非常に大きい。(創世記15:1) こうして、アブラハムは忍耐の末に、約束のものを得ました。(ヘブライ6:15) 「恐れるな。」神さまは私たちに語りかけてくださいます。「恐れるな!」 しかも、もったいないこ...