2021年2月21日日曜日

2021年2月21日(詩編60〜61)

詩編60~61
神よ、あなたが私たちを拒んだのではありませんか。
神よ、あなたは私たちの軍勢と共に
  出陣しようともなされない。
私たちを敵から助けだしてください。
人の与える救いは空しい。(60:12~13)

この詩編60は、読むのが辛い詩編です。冒頭でもこのように言います。
「神よ、あなたは私たちを拒み
  打ち倒し、怒っておられます。
私たちを回復させてください。」
神の怒りに打ちのめされ、しかし神に助けを求めて祈っている。そういう祈りの言葉です。読むのが辛い詩編。しかし、他方ではよく分かる詩編です。神に拒まれている、神は助けてくださらない。そう言わざるを得ないことは私たちにもあるのではないでしょうか。
この詩編はエドムとの戦争を背景にしているようです。ただ、この詩編の祈りの言葉は、苦しい現実を前にしながら、その問題を自分とエドムとの問題ではなく自分と神との問題として捉えています。私たちを拒んだのは神さまあなたです、と訴えています。私を助けてくださらないのは神さまあなたです。そのように言う。それは、「人の与える救いは空しい」と知っているからです。神に助けて頂かなくては救われようがないのです。

神よ、私の叫びをお聞きください。
私の祈りに心を向けてください。
心が挫けるとき、地の果てからあなたを呼びます。(61:2~3a)

続く詩編61も、やはり心挫けながら神に叫ぶ者の祈りの言葉です。私たちの感覚だと、心が挫けると祈る元気もわかないような気がしてしまいます。しかし、この詩編はそうは言いません。心が挫けるからこそ、他の何者でもなく神に訴えるのです。
心が挫けるとき、地の果てからあなたを呼びます。この「地の果てから」という言葉がとてもいいな、と思います。心が挫けて、神さまが遠い。実際に遠いかどうかと言うよりも、「遠い」と言わざるを得ないということなのだと思います。しかし神から隔絶されたような地の果てにいようとも、挫けた心を注ぎ出すようにして神に祈る。神はそのような祈りを必ず聞いてくださいます。私たちの祈りを神は聞いてくださっています。

2021年2月27日(詩編68)

詩編68 神に向かって歌え。 その名をほめ歌え。 雲を駆って進む方をたたえよ。 主の名によって、その前に喜び踊れ。 みなしごの父となり やもめの裁き手となるのは 聖なる住まいにいます神。(5~6節) この詩編は、例えば「神の山、バシャンの山、峰を連ねた山、バシャンの山」といった大...