2021年2月24日水曜日

2021年2月24日(詩編64)

詩編64
だが神は彼らに矢を射かけ
不意に彼らは傷を負う。
彼らは自分の舌のゆえにつまずき
見る人は皆、頭を振るでしょう。(8~9節)

この詩編は悪をなす者のために苦しむ人の祈りです。特に、言葉に苦しめられています。
「彼らは舌を剣のように鋭くし
苦い言葉の矢をつがえています。
物陰から罪もない人に射かけようと構え
不意に射かけることに後ろめたさも感じていません。」
剣のような言葉、矢のように富んでくる苦い言葉に苦しんでいる。「罪もない人に射かけようと構え」と言っているのですから、自分としてはそのような心ない言葉を浴びせられるような心当たりは全くない、ということなのでしょう。
他人の言葉に傷ついたことがない人は一人もいないと思います。心ないことを言う人を前にして怒りがわいたり、本当に傷ついて泣くことさえできなかったり、そういう辛い経験は誰もがします。
ヨハネによる福音書の冒頭には「初めに言があった」とあります。ここでの「言」というのは一般的な意味での言語ということではなく、神と共に最初からあった神の知恵であり神の言を意味する。この世界はそういう言葉の語りかけによって造られました。神が語りかけた言葉がこの世界に秩序を与えた。そうであるからこそ、神がお造りになった世界の美しさを損なうような私たちの汚い言葉を神がお喜びになるとは考えられません。
「彼らは自分の舌のゆえにつまずき
見る人は皆、頭を振るでしょう。」
舌のせいで嘗めさせられた苦みは舌でやり返したくなります。しかし神はそれをよしとはなさらない。神ご自身が彼らに矢を射かけ、神が彼らをお取り扱いになる。舌のために彼らは躓くことになる。この詩編はそのように言います。
舌の失敗は尽きません。神さまに憐れみを求めるよりほかありません。今日一日、私たちの口から出てくる言葉が呪いの言葉ではなく、神を賛美するにふさわしい言葉でありますように。

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