2021年3月12日金曜日

2021年3月12日(詩編81)

詩編81
私は、いまだ耳にしたことがない言葉を聞いた。(6b節)
「わが民よ、聞け、あなたに命じる。
イスラエルよ、私に聞き従うように。
あなたのうちに他の神があってはならない。
異国の神にひれ伏してはならない。
私は主、あなたの神
エジプトの地からあなたを上らせた者。
口を大きく開けよ、私はそれを満たそう。」(9~11節)

詩編81は神さまの言葉を聞く一人の信仰者の祈りです。いまだ耳にしたことがない言葉。新しい言葉。それは、神さまが私たちと関わっていてくださる、ということを告げる言葉です。神は私たちと共におられる、という言葉です。私たちも私たちに関わる神の福音の言葉を聖書を通して聞いています。
9から11節では、「あなたのうちに他の神があってはならない」と告げられています。そして、それと一緒に告げられているのは「私は主、あなたの神、エジプトの地からあなたを上らせた者」という言葉。これは十戒の冒頭の組み合わせと一緒です。
どうして、他の神があってはならないという言葉と「私は主、あなたの神、エジプトの地からあなたを上らせた者」という言葉とがセットで出て来るのでしょうか。一つには、奴隷の地であるエジプト、そしてそこからの脱出という苦難と救済というときにこそ、他の神々に迷い込むという誘惑があるからだと思います。日本にも神々のような顔をしたものがたくさんあります。疫病を鎮める神や商売の神など、願いの数だけ神がいる。言葉を換えれば、人間の苦しみの数だけ神がいる。苦しいときは他の神々になびく誘惑の時でもあります。苦しいときの神頼みよりももっと深刻なのは、苦しいときの神離れです。苦しい時にまことの神から離れて、他の神々になびいてしまう。
だから、神は言われます。「私は主、あなたの神、エジプトの地からあなたを上らせた者」と。この神さまは、私たちに向かって「私は主」と言われます。この「主」というのは、一般的な意味での「あるじ」ではなく、神さまのお名前、固有名詞が書かれています。神さまはエジプトに象徴される苦難の時、私たちに向かって「私は主」といって自己紹介をしながら私たちを救ってくださる方。つまり、私たちと人格的な関係を結び、私たちを愛そうとしてくださる方です。だからこそ、他の神々にひれ伏すということは私たちにはありえないのです。神さまは、今日も、新しく福音の言葉を語りかけています。

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