2021年6月28日月曜日

2021年6月28日(箴言9)

箴言9
嘲る者を諭す者は屈辱を受け
悪しき者を懲らしめる者は自ら傷を受ける。
嘲る者を懲らしめるな、彼に憎まれないために。
知恵ある人を叱れ、彼はあなたを愛するであろう。
知恵ある人に与えよ、彼は知恵をさらに得る。
正しき人に知らせよ、彼は判断力を加える。(7~9節)

今日の箴言の言葉は、私には少し意外に感じました。「嘲る者を諭す者は屈辱を受け、悪しき者を懲らしめる者は自ら傷を受ける。」ここまでは、なるほどと思います。その通りであろうと思う。私が意外に感じたのはその先です。「嘲る者を懲らしめるな、彼に憎まれないために。」ここを読んで、とても意外な感じがしました。
というのは、聖書であれば、それでも嘲る者を諭してあげなさいと言いそうだなという先入観があったからです。相手がどんな反応を見せたとしても諦めずに、知恵の言葉で諭しなさい。そう言いそうではないでしょうか?私はそう思いましたが、違っていました。

嘲る者を懲らしめるな、彼に憎まれないために。
知恵ある人を叱れ、彼はあなたを愛するであろう。

「嘲る者」をどうにかしようというのは、もしかしたら、とても傲慢な考え方なのかも知れません。結局、自分の賢さによって相手を変えてやろう、良くしてやろう、ということです。それは奢った考え方なのかも知れません。私たちには他人を変えてみせることはできないのです。
知恵ある人を叱れ、と言っています。知恵とは何か、10節で箴言冒頭の言葉を繰り返しています。「主を畏れることは知恵の初め。聖なる方を知ることが分別。」主を畏れ、聖なるお方の前にひれ伏す。そこに知恵があり、分別がある。知恵ある人を叱れというのは、共に神さまの前にひれ伏すということを意味するのだと思います。共に、何ものでもない者として神さまにひれ伏し、神さまを畏れ、へりくだって知恵を求める。箴言はそういう分別を私たちに得させる言葉です。
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