2021年6月7日月曜日

2021年6月7日(詩編141)

詩編141
私の祈りがあなたの前に
  香として供えられますように。
高く上げた両手が夕べの供え物となりますように。
主よ、私の口に見張りを置き
私の唇の戸を守ってください。(2~3節)

ヨハネの黙示録に、この詩編と響き合うような描写が見られます。「巻物を受け取ったとき、四つの生き物と二十四人の長老はおのおの、竪琴と、香で満たされた金の鉢とを手に持って、小羊の前にひれ伏した。この香は聖なる者たちの祈りである」(ヨハネの黙示録5:8)。神さまの前に、私たちの祈りはかぐわしい香が立ち上るようにして届き、神さまがそれを聞いてくださっている。ヨハネは天に届く祈りを幻の内に目撃したのです。
「私の祈りがあなたの前に、香として供えられますように。」私たちもそのことを願いながら祈りを献げます。朝に夕に私たちは祈ります。この詩編では特に夕べの祈りのことを言っています。夕方、日が落ちるとき、私たちは神さまに祈りを献げる。夕べの供え物として私の祈りを受け入れてください、と願いつつ。
ボーレンというスイス人の牧師が、朝と夕べの祈りを教えてくださいました。使徒信条を唱える、というのです。朝には、今日会う人のことを思い、その人のために神がこのことをしてくださったと使徒信条を唱える。夕べには今日会った人を思い起こし、この人のために神がしてくださった御業を覚えて使徒信条を唱える。そういう祈りを教えてくださいました。
この詩編ではこのように言っています。「主よ、私の口に見張りを置き、私の唇の戸を守ってください。」この言葉の後に「私の心を悪事に向けないでください」と続いていることから、私の唇から悪い言葉が出ることがないように、神さま私の唇の戸を守ってくださいと言っているのだと思います。噂話や悪口、無責任な批判。そういった言葉から私の唇を守ってください。そのために欠かせないのが、ボーレン先生が教えてくださった祈りではないかと思います。私の目の前にいるこの人のために、キリストが何をしてくださったのか。この人を神がどんなに愛しておられるのか。そのことに気付いたとき、私たちの唇は救われるのではないでしょうか。
私たちの唇に上る言葉が人を貶めるものではなく、神さまによい香りとして献げられる祈りの言葉でありますように。主よ、私たちを試みに遭わせず、悪より救いだしてください。

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